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ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(3)~

ラジオ

ラジオ投稿記~STVラジオ編~
ラジオ投稿記~コサキンDEワァオ!編~
ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(1)~
ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(2)~

からの続き。 


まず、自分自身の話を少し。

ガールのコーナーで読まれるようになったのと時期を同じくして、ラジオ関係のサイトで知り合った女性(以下、Aさん)とメール友達になった。当時、私は高校生で、Aさんは自分より年上のOL。お互いに住んでいる地域が離れていたので、コミュニケーションの手段はメールのみだったが、精神年齢の低い男子高校生の自分からしたら、大人のお姉さんとメールをするのは凄くドキドキしたし、そんな人とラジオの話ができるのはとても楽しかった。もちろん、カーボーイの話もした。

高校生の男子というのは、往々にして恋に落ちるスピードが速い。しかも私の場合は、かなり童貞をこじらせていたので、色々と自分の中で妄想を膨らませすぎた結果、会ったこともなければ電話すらしたこともないAさんに対して、無謀にもメールでの告白を決行した。そのときのメールの文面はハッキリとは覚えていないが、「好きって言ったら笑いますか?」といった、童貞ラブレターコンテストがあったら大賞を狙えそうな文章を延々と書き連ねた記憶がある。多分、今読んだら1時間ぐらいはジタバタできると思う。

で、当然のごとくフラれた。そうなることは自分でも薄々気付いていたので、「まぁ、仕方ないよな」と早々に心の整理はつけたつもりだったが、どうしても自分の胸の中だけで留めておくことができなかったので、告白したことをカーボーイに投稿することにした。当時の自分は、ラジオ投稿を"何を叫んでもいい井戸"のように考えており、ラジオに投稿さえすれば何か自分の中で救われると思い込んでいたふしがあった。

ただ、投稿したといっても、あくまで本チャンのガールネタのついでとして書いたものだった。その上、どうせ読まれないだろうと高を括り、「BGM:尾崎豊『I love you』」と文頭につけてみたり、面白いことを一切入れずにに事実を淡々と述べるなど、ネタというより、単なる独白みたいな文章を送った。

こういうリスナーのオナニーみたいな文章も悪ノリで読むタイプの番組だということを、このとき完全に失念しており、結果として、童貞が井戸に向かって叫んだ言葉は、ラジオを通して全国のカーボーイリスナーの耳に届くことになった(ちゃんとBGM付きで)。

この独白文が読まれてからというもの、Aさんからはパッタリとメールが来なくなった。待つのに耐え切れず、こちらからメールでおそるおそる聞いてみると、1行だけ「またネタにされるといけないからね」という返事が来て、そのメールを最後に、Aさんから二度と連絡が来ることはなかった。

以前、NHKの「ハガキ職人のウタゲ」というラジオ番組に出させて頂いた際にもこの話はしたのだが、今考えても本当にイタいやつだったなぁ、と思う。「イタいやつだったなぁ」と書くと、まるで今現在は直っているかのように思えるが、ごく稀に「ああ...送るんじゃなかった...」と後悔するような実話ネタを送っては不採用になってホッと胸を撫で下ろす、といったことを繰り返しているので、根っこの部分では当時とたいして変わってない気もする。

番組の話に戻る。

この一件で、ネタの中にBGMを流してもらえるということが分かり、おのずとBGMを使うネタが増えていった。FMの音楽番組などでリクエストは1曲も読まれたことはないが、カーボーイではネタを通して色々と曲をかけてもらった。もちろん、爆笑問題の二人が知らない曲はかからないと思っていたので、選曲は古めだったけど。私の音楽の引き出しだけでは限界があったので、当時メル友だった伊集院系の投稿者でクソムシさんという方に「こういう状況のときに流す曲ってどういうのが合いますかね?」と相談に乗ってもらったりもした。BGMを使うネタは私の専売特許みたいな感じになっていたらしく、私以外が書いたガールのネタでBGMが使われることは一度もなかった。ただ、BGMを使うのはドーピングにも似た感覚があり、他の投稿者に対して後ろめたいという気持ちがあったのか、できるだけBGMを使わないネタも書くように心がけていた。

当時は、JR時刻表マニアさんがカーボーイでの採用数を集計するサイトを運営しており、そこでガールのポイントも合わせて集計していた。あるとき、私の合計ガールポイントが1000ガールに達したので、(前回のラジオ投稿記で取り上げた弟子のコーナーではないが) 何かのネタのついでに「1000ガールを超えたので、名目上、田中さんの弟子にして頂けませんか?」と頼んでみた。すると田中さんから「ああ、別にいいよ」と軽い感じでOKをもらえたので、一応、私が田中さんの4番目の弟子ということになっている。ちなみに、ミセスチルドレン(現タキシードは風に舞う)さんも同じように1000ガールを超えて、私と同じく弟子になることを番組内で所望したので、5番目の弟子となった。それ以降は、私の記憶が確かなら弟子希望者はいなかったはず。ちなみに、弟子になったからといって、それで何か得をしたことは一度もない。

この頃のカーボーイはというと、ザ・ガールのコーナー以外に、田中さんの悪行をリスナーの視点で報告する「今週の悪田中」、太田さんが適当に思いついた言葉の意味を辞書風に考える「新明解太田辞典」、身の回りにある300:29:1(ハインリッヒの法則)の事柄を考える「ハインリッヒの法則」、そして今も現役バリバリの「CD田中」などがあった。自分が投稿していた時期というのもあるが、この頃のコーナーのラインナップはとても好きだった。

"全盛期"というと語弊があるが、CD田中が一番にぎわっていたのも、この頃だったと思う。というのも、当時はオングストロームさんというCD田中専属の投稿者さんがいて(大変お世話になりました)、その方がCD田中のファンサイトを運営していた。しかも、歌詞をサイトに載せるということで、わざわざJASRACにお金を払っていたので、CD田中にかける情熱がどれほどのものかお分かり頂けるだろう。CD田中に憑りつかれている投稿者の方は今でも多いが、このコーナーは投稿者を熱くさせるSASUKE的な魅力があるのかもしれない。
ちなみに、田中さんがCD田中のネタで笑いすぎて宛先が読めず、代わりに太田さんが宛先を読んだのもこの頃である。

「今週の悪田中」も好きだった。その週に放送された爆笑問題の出演番組をチェックし「これは悪い田中だなぁ~」と思ったことをリスナーから報告してもらう田中さんイジりのコーナーなのだが、ここに送られてくる報告メールの観察力と悪意の含ませ方がホントに絶妙だった。報告を受けた田中さんが、「いやいやいや!オレ、そんなこと思ってないから!」と否定して、そこからさらに番組の裏話へとトークが広がる流れも好きだった。後に「今週の良い田中」「今週の普通の田中」が生まれ、最終的には「今週の田中」というコーナーに統合されるのだが、報告系のコーナーとしては今でも一番面白いと思っている。
それにしても、田中さんの言動をチェックするコーナー、多いな。

で、そんなコーナーの隆盛に反して、オープニングのフリートークは、聴いていて「キツイなぁ」と思うことが結構あった。太田さんが田中さんを罵倒するのは、今でも日常茶飯事的に行われているが、当時はそれが度を超えており、本気で田中さんの人格を否定をするような場面も見られた(まぁ、本気なんだろうけど)。田中さんが自分の話をさせてもらえない、といったことも多かったので、今の、田中さん主導で話が進んでいく形式に慣れている若いリスナーは、当時の放送を聴いたら衝撃を受けるのではないだろうか。まぁ、その険悪な空気も含めてオモシロ、という風に言われればそうなんだけど、当時の私はそれを受け入れられるだけのキャパシティがなかった。

今回でカーボーイ編は終わる予定だったが、もう少し書きたいこともあるので、それは次回に持ちこし。というわけで、『ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(4)』へと続く。多分、次回でラスト。



当時、ガールのコーナーに送っていたDJ夏美シリーズが youtube に上がってた

www.youtube.com

第4次スーパーロボット大戦の思い出

最近スーパーロボット大戦Vが発売されたことにより、「久しぶりにスパロボやりたいな~」とスパロボ熱が再燃してきたので、スパロボの思い出について少し語りたいと思う。
スパロボ作品の中で個人的に一番好きなのは、スーファミ時代初期の名作である「第3次スーパーロボット大戦」なのだが、今回は「第4次スーパーロボット大戦」の方を取り上げる。

第4次スーパーロボット大戦(以下、第4次)が発売されたのは、私が中学生のときだった。当時、同級生にスパロボが好きな近藤くんという友人がいて、よく第3次スパロボの話をしていたのだが、第4次が発売された直後は、近藤くんと「第4次、どこまで進んだ?」とお互いの進捗確認をするのが日課となっていた (今の仕事の進捗確認より全然ちゃんとやっていた)。

私も近藤くんも、終盤までだいたい同じくらいのペースで進んでいたのだが、あるステージで私が大きく足止めを食らうことになった。第3X話「栄光の落日」である。このステージ、第4次の中でも屈指の難易度を誇るステージだったらしく、「栄光の落日」と検索バーに入力してみると、第二検索ワードに「トラウマ」と表示されることから、かなりの難易度の高さがうかがえる。

このステージについて簡単に説明すると、敵の増援がやたらと多く、四方を敵に囲まれる上に、地形も山ばかりで非常に戦いにくいという、ドSのゲーム作家がイタズラに作ったとしか思えないような構成なのだが、何よりキツかったのが、味方のチーム編成である。
スパロボというのは、仲間が増えていくと、途中でチームが二つに分かれてそれぞれ別のルートを進む、というのがお決まりになっているのだが、たとえば、仮にAチームとBチームがあったとして、Aチームのロボットばかりを強化して、Bチームの強化をおろそかにしていると、途中でBチームのルートに切り替わったときに詰むのである (最近のスパロボは、基本的にどちらのチームのルートに行くか選べるので、あまりこういうことは起きない)。

まさにこのパターンに陥ってしまい、主人公機以外は全く強化していない弱小ロボット軍団で戦いに挑むことになった。最初の頃は、「まぁ、でも何とかなるだろ」と楽観的に構えていたのだが、すぐにそんな甘い考えは粉々に砕け散り、惨敗の日々が続いた。で、幾度目かのゲームオーバーのときに「ああ、これはもう無理だな...」と悟り、完全に匙を投げてしまった。
そして近藤くんにも「あの面...諦めるわ」と伝え、第4次スーパーロボット大戦終了宣言を出した。戦争は終結したのである(自分の中で)。栄光には程遠い落日だった。
後日、近藤くんから「『栄光の落日』、難しかったけど何とかクリアしたよ!」と言われたことにより、今まで以上にやる気が失せ、もはや第1話からやり直すなんてことは1ミリも考えようとしなかった(自分ひとりだけでゲームをやってるならまだしも、友人と競ってるときに最初からやり直すというのは、精神的な負荷が大きい)。

そして、それから一年が経過する。

ある日のこと、ふと「久しぶりに、第4次やってみようかな」と思い立ち、ソフトを起動させてみた。そして、相変わらず目の前に立ち塞がる「栄光の落日」。一瞬にして敗戦の日々の記憶が蘇ってきたが、気持ちを切り替えて戦略を練り直し、色々と試行錯誤してやってみたのだが、結局どうにもならずゲームオーバーの画面をまた何度も見るはめになった。

と、そんなこんなしていたら、あることに気が付いた。ゲームオーバー画面からAボタンを押して再開すると、同じマップをプレイできるのだが、その際に資金と経験値が全滅前のプレイで稼いだものになっているのである。そしてもう1つ、恐ろしいことに気が付いてしまった。MAP兵器(一度に複数の敵を倒すことが出来る広範囲な兵器)を使ってフィールド上の仲間を攻撃して倒すと、なんと資金と経験値が手に入るのである(※後で調べたら、初期生産分ソフトのみでしか使えない技らしい)。

以上の二つの技を組み合わせると、禁断のプレイができることは想像に難くないだろう。「はーい!そこ、ちゃんと並んでー!」と、記念写真でも撮るかのようなノリで、MAP兵器の射程圏内に仲間を並ばせ、それをエルガイムMk-Ⅱのバスターランチャーで一気に破壊する、という非人道的なプレイを延々繰り返した。そして、憑りつかれたように全滅プレイを続けた結果、最終的にエルガイムMk-Ⅱのパイロットであるダバ・マイロードのレベルが92になり、普通の敵の攻撃などまず当たらない超エース級パイロットへと悪魔的成長を遂げた。ダバ・マイロード本人も、まさか敵より味方の撃墜数が多くなるとは夢にも思っていなかったことだろう。
参考までに言っておくと、普通のプレイをして最終ステージまで行った場合、どんなに頑張ってレベルを上げても、せいぜい50が限界である。

ただ、これらの反則技をやっても、簡単には勝たせてもらえなかった。というのも、結局、MAP兵器が使えるのはごく一部のロボットだけなので、途中で乗り換えができない以上、このレベル上げ方法が使えるパイロットは実質2~3人なのである。で、その異常なまでにレベルが上がったパイロットを前線に押し出して敵の体力を少しずつ削り、スーパーロボットでトドメを刺す、というようなプレイで、どうにか活路を見出し、長時間の激戦の末、どうにかクリアすることができた。一年越しの勝利だったので、喜びも大きかった。自分の中の一年戦争がようやく本当の意味で終結した瞬間だった。

で、このステージをクリアした後は、全滅プレイによって得た莫大な資金を使って、ロボットの一斉強化を行った。その甲斐あってか、第二の難所とも呼ばれれている第4X話「オルドナ・ポセイダル」も、そこまで苦労することなく一発でクリアすることができた。そして、そのままトントン拍子でラストステージまで駆け抜け、拍子抜けするほど簡単に全クリしてしまった。
「やはり、第4次は『栄光の落日』をクリアできるかどうかに尽きるなぁ」と、そのときに思った。

とまぁ、色々と書いていたら、あんなにツライ思いをした「栄光の落日」を久々にやりたくなった。
スパロボ好きというのは、ドMなのかもしれない。

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ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(2)~

ラジオ

ラジオ投稿記~STVラジオ編~
ラジオ投稿記~コサキンDEワァオ!編~
ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(1)~

からの続き。

藤井理奈というラジオネームを捨てたのを境に、カーボーイへの投稿をしばらく休んだ。

「休んだ」という表現は、投稿という趣味に対して仕事感が出るので少し抵抗があるのだが、投稿すると決めた番組については、基本的に毎週出さないと気が済まない性分なので、この表現が一番しっくりくる(仕事のように義務感が生じたり、締切を設けたりするのは、割と投稿者あるあるだと思う)。

投稿を休んでいる1年の間、番組ではいろんな動きがあった。

その中でも最大のトピックスといえば、「田中の弟子募集」コーナーの登場だろうか。このコーナーは、2001年のコーナー乱立期に降って湧いた新コーナーの1つで、その名の通り、「田中さんの弟子になりたい!」と希望するリスナーを募集するコーナーである。もちろん、ただ募集するだけではコーナーとして成り立たないので、漫才やコントなどのネタを一緒に送ってもらい、ネタの出来に応じて田中さんから「デシベル」という単位のポイントが与えられ、これを1000デシベルまで貯めると晴れて弟子として認定される、ということになった。察しの良い方はお気づきかと思うが、「1000デシベルまで貯めると弟子になれる」と最初に言い出したのは太田さんである。

このコーナー、最初に聴いたときは、2~3週ぐらいで終わると思っていた。なぜかというと、過去に「田中のカラオケ友達募集」という似た系統のコーナーがあり、それは3週ともたずに終了したからである。「何かを募集するコーナーは短命」という思い込みがどこか自分の中にあった。
そんな自分の予想に反して、弟子募集コーナーは番組の名物コーナーへと成長していった。毎週毎週、個性あふれるリスナーが「弟子にしてください!」と言って、番組に渾身のネタをぶつけてきた。このコーナーにネタを送ってくる人が本当に田中さんの弟子になりたいかどうかはさておき、これを足掛かりにして作家への道を切り開きたい、と野心を抱いていた人も少なからずいたように思えた。実際、弟子認定されたうちの1人は、上京して番組の作家になった(後述)。また、「デシベルを貯めて他の人と競う」という、ある種の賞レース的な要素が、リスナーの投稿意欲を駆り立てたのも人気コーナーになった一因だと思う。

そして、弟子募集コーナーが始まって1年も経たないうちに、1000デシベルに到達した猛者が何人も現れた。野口悠介(現カーボーイ作家)、藤田ハル(現カーボーイ作家の秋葉高彰の劇団ユニット『ザ☆夕方カレー』制作助手)、新堂ひろし(演歌歌手)の三名である(敬称略)。三者三様でキャラクターは全く違っていたが、全員、番組に強烈なインパクトを残したという点では同じである。特に、流れの演歌歌手である新堂さんにいたっては、番組内に「新堂ひろしのオーディションぶね」(新堂さんの代表曲『まつりぶね』とかけている)という単独コーナーもできたりと、番組が全面バックアップ体制を敷いていた時期もあった。
野口さんはこの中で一番年齢が若かったが、「作家になるとしたら多分この人だろうな」と思うほどネタを書く才能に溢れた人だった。なので、カーボーイの作家になったときも、あまり驚かなかった。ちなみに、弟子として投稿されていた頃は、ちょいちょいファンサイトの掲示板にも姿を見せていた。
弟子の中で唯一、藤田さんには何度か(カーボーイ関連の飲み会で)お会いしたことがある。本人のことをアレコレ言うのは気が引けるが、番組内でもイジられているように、ネタの中では「うひょー!」と叫びつつも、実際に会うと本当に物静かな方である。私もどちらかというと無口な人間だが、あそこまで寡黙な方は今までの人生で出会ったことがない。あと、雰囲気のあるイケメンさんである。

そんな3人の弟子が誕生したタイミングで「田中の弟子募集」コーナーは終了し、「募集」という二文字が消えて「田中の弟子」コーナーが新たに始まった。といっても、基本的にコーナーの中身は変わらず、継続して弟子全員にネタを書いて送ってもらったり、爆笑問題から出される宿題に対して回答(ネタ)を送ってもらったりしていた。特定のリスナーのネタを毎週必ず読むコーナーは、後にも先にもこのコーナーぐらいだと思う。

この辺から自分の投稿の話。

弟子コーナーが始まって間もない頃、「ザ・ガール」という新コーナーが始まった。
このコーナーは、弟子コーナーでの「新コーナーの企画案」という宿題で、野口さんが考案したコーナーである。ガールらしい行動やシチュエーションをリスナーが考えて、それに対して田中さんがガール度を採点する、というものだ。「ガールらしい」の判定基準は田中さんの中にしか存在しないが、田中さん曰く、「全盛期のキョンキョン」が満点の100ガールらしい。ちなみに、今の奥さん(山口もえ)は82ガールくらい。

コーナーが始まった当初は、正統派な短文ネタが多かったが、回を重ねるにつれ、徐々に「それ、ガールじゃねぇだろ!」と田中さんに突っ込まれるネタが増えていった。深夜ラジオのコーナーとしては順当な進化の仕方である。

当時、高校生だった自分は「このコーナーにネタを送りたい!」と強く思った。
というのも、当時は、女性視点のショートストーリーを書くのがマイブームだったので、それがネタに使えるのではないかと思ったのだ。同じクラスの友人・熊倉くん(小説家志望)が、ファンタジーなエロ小説を書いていたので、それに感化されて文章を書き始めた、というのもあったかもしれない。完全なる蛇足だが、熊倉くんが書いたエロ小説を自習の時間に読ませてもらっては、「この辺のくだり、エロくて良かったわ」と感想を言う、というモテる要素が全く見当たらない行為をよくしていたのが昨日のことのように思い出される。熊倉くん、元気かな。

閑話休題

女同士の友情をテーマにしたキャバクラ嬢のショートストーリーが自分の中でお気に入りだったので、それをネタ用に少し手直しして送ることにした。その際、「ラジオネームはどうしよう?」となった。カーボーイへの投稿を始めた当初に使って全く採用されなかった現ラジオネームの「藤井菊一郎」は使いたくなかったし、かと言って「藤井理奈」は完全に闇に葬った。で、色々と考えた結果「コサキンの洗礼で『ふじきく!』って呼ばれてるから、フジキクでいいや」というところに落ち着き、現ラジオネームの略称を使って送ることにした。

ガールのコーナーは、基本的に短文ネタしか読まれていなかったので、「さすがに長すぎて無理かな...」と思ったが、逆にそれが良かったのか一発で採用された。
藤井理奈での採用経験があったので、ネタを読まれたことに対してそこまで衝撃はなかったが、それでもやはり爆笑問題の二人が笑ってくれるのは凄く嬉しかった。性別を偽ってネタを送っていた頃は、自分ではない誰かを演じていたので、読まれても純粋に喜びきれない部分もあったが、今度は100%自分自身のネタなので、心から喜ぶことができた。それに、誰に見せるわけでもない自分のためだけに書いていた妄想文がネタとして日の目を浴びたことにより、何かが報われたような気がした。

その後も、ドラマっぽいショートストーリーをガールのコーナーに送り続けた。自分のネタがうまく番組にハマったのか、その後も出すネタ出すネタで採用をいただいた。あれだけボツが続いた日々が嘘のようだった。基本的に、週に長文ネタを1~2通送って、1通は採用されるというパターンだったので、不採用の方が少なかったと思う。この頃は、とにかくガールのネタを考えるのが楽しくて仕方なかった。書いていて楽しいネタというのは、パーソナリティーにもそれが自然と伝わるものである。

長井秀和のネタCD化計画」というコーナーが始まるまでは、ガールのコーナーにしかネタを出していなかったが、逆に、それによって爆笑問題の二人に「ザ・ガール=フジキク」という印象を残せたと自負している。田中さんに「こいつ、本当にドラマが好きなんだろうな」と言われたことは、今でも鮮明に覚えている。

もう力尽きたので、次回へと続く(やはり2回では書ききれなかった)

昔の日記について

少し前に、mixiが「黒歴史日記を掘り返すキャンペーン」という企画をやっていた。
私は、自分が昔に書いた恥ずかしい文章などはワインのようなもので、寝かせれば寝かせるほど熟成されて良い味が出てくると思っている。そういう意味で、自分の黒歴史に対しては、さほど抵抗がない (といっても、ものによるけど)。
で、古いmixi日記を読み耽っているうちに、何か誘発されたのか、自分が学生の頃に書いた文章などを無性に読みたくなり、眠っていたHDDをひっぱり出してみた。

大学の頃は、『女形風味』という自分の個人HPを持っていたので、そこでほぼ毎日、日記なのか妄想なのか判断がつかないような駄文をダラダラと書いていた。そのときの日記のデータがかろうじて生き残っていたので (ネットラジオのデータは、ほぼ消してしまったようだが) 、いくつか載せたいと思う。今がちょうどクリスマス時期ということで、それくらいの時期に書いたやつを以下にピックアップする。


『それぞれのクリスマス』④

「葵、もう寝ちゃったみたいよ」
平山佐紀は襖を後ろ手で静かに閉めた。
「今日は大分はしゃいでたから疲れたんだろう」
キッチンテーブルで小皿に盛られたサラミをつまみながら夫の秀雄は言った。軽くワインが入っているため、頬がほんのりと赤くなっている。
佐紀が秀雄の前に座る。
「プレゼントはもう用意したの?」
「ばんたん」
「それじゃ、例年通りお願いね」
「ああ、起さないようにそっとな」
空になったグラスに秀雄はワインを注ぐ。
「なんか...葵が生まれてからずっと葵中心の生活になっちゃったよね」
佐紀は両肘をテーブルにつき、重ねた両手の上に顎を乗せた。
「そうだな。まぁ、世間一般では、それが普通なんじゃないか」
椅子から立ち上がり、秀雄は戸棚からもう一つグラスを取り出し、佐紀の前に置く。
「うん、そうなんだけど...」
そう言いながら、佐紀は秀雄から視線を外した。
「たまには、パパとママじゃない時間も作りたいな...なんて」
佐紀は自分の発した台詞に少し赤くなった。 秀雄はそれを見て軽く口元を緩めると、佐紀のグラスにワインを注ぎ、自分のグラスを佐紀のほうに掲げた。少し照れながら、佐紀もそれに倣う。
二人は小声で「乾杯」と言うと、カチャッとグラスを合わせた。
『パパとママ』から、恋人同士へと戻る瞬間。
窓の外はいつしか雪が降り始めていた。


『それぞれのクリスマス』①

居酒屋。
「ったくさー!何さあの男!」
神林里美はテーブルに上体を預けたまま、グラスを叩き付けた。ビールがテーブル上に少し散った。
「何も...何も、クリスマスの前日に別れ話なんてしなくてもいいじゃない...」
「酒が進むねぇ」
対面でタバコを吸いながら、古峨良照は面白い物を見るような目で里美を眺めている。
「飲まなきゃやってられないですよ!」
里美は顔を真っ赤にしながら言った。
「...って、古峨さん!!私のことは、ほっといてください!!」
「そうはいかんだろ、ほっといたら川にでも飛び込みそうな勢いだからな」
「飛び込みますよホントに...はぁ...」
溜息をつき、里美は再び顔をうつ伏せにする。
「一つタメになることを教えようか」
独りごつように良照は言った。
「酒を飲んで忘れられることというのは、別に普通にしてても忘れられるものなんだ。酒は人間を錯乱状態にさせるが、それはあくまで一時的なことで、記憶というのはちゃ~んと脳に残ってる。ゆえに、心に深く負った傷というのは酒の力じゃどうしようもならんわけよ。ヤケ酒というのは非常に効率が悪い」
「一時的でもいいですよ私は」
「ふ~む、さてさてどうしたものか」
軽く肩をすくめ、良照はタバコの火を消した。
「神林...これから、オレんち来るか?」
「え...?」


「...って、一瞬でもドキッとした私が馬鹿でしたよ」
喧騒にかき消されるほどの小さな声で里美は呟いた。
「あ?何か言ったか?」
鍋に具材を入れながら良照は振り返る。
「古峨せんぱーい!肉入れてくださいよ、これじゃただの野菜鍋ですよ」
一人の男が不平を洩らした。
「うるさい!豆腐を食え豆腐を!」
「だいたい人数が多すぎるんですよ、こんな狭い部屋で」
別の男の声が飛ぶ。
「狭くて悪かったな。だが、そのぶん温まるぞ」
「古峨さん...私やっぱりかえ」
と里美が口を開きかけたところで、それを遮るように良照が、
「ほらほら!神林!そんなとこに突っ立ってないでここに座れ!」
「はいはい...」
その後、良照の家では深夜まで鍋パーティが続いた。
最初は乗り気ではなかった里美も、いつしか団欒の輪に加わり、先ほどまでの嫌な気持ちが消し飛んでることに気付いた。
「...たまにはこういうクリスマスもいいかな、なんて」


極私的妄想劇場②(基本的に適当なネタが思いつかなかったときに書きます)

「ねぇ、藤井クン、男の子ってどういうときにHになるの?」
三重野妙子はニヤニヤしながら言った。
「あのー、そういう確信犯的な質問やめてもらえます?先輩」
「あら~?どうして?」
唇を尖らせ、わざとらしく首を傾げながら妙子は藤井の顔を覗きこんでくる。
「...もうその手には乗りませんよ」
「へぇ~」
妙子は藤井の耳たぶをいじりながら、
「でも以前は困惑しながらも内心喜んでたように見受けられたんですけどー」
「まぁ、前は前...ってことで」
精一杯虚勢を張り、そっぽを向く藤井。
「じゃあこういうのは?」
妙子は体を摺り寄せ、顔を藤井の肩にポンと乗せた。
「あー、結構効いてるみたい」


極私的妄想劇場⑤(眠くてしょうがないときに書きます)

相変わらず入院中の藤井。
このまま足が退化するのでは、と心配になるるほど藤井は動いてなかった。
「ふはぁ~あ...、暇だ」
両腕を使えないときのあくびというのはどこか滑稽だな、とどうでもいいことを思いながら藤井は窓外の樹木に目をやった。
「こんちわー」
「わっ」
カーテンが急に開き、麗子(保健の先生)が顔を覗かせた。
「お見舞いにきたよん」
「もう、驚かせないでくださいよ」
「なんだ、思ったより元気だね。心配して損しちゃった」
麗子は藤井のベッドに腰を下ろす。
「へぇ~、これ固定されてるんだね」
ギブスを指でちょんちょんと突きながら麗子は訊く。
「ええ。でも、もう少しで外せるみたいなんですけど」
「それまでは、このまま動けないの?」
「そうです、なもんでもう暇で暇で...」
藤井が喋っている途中から、麗子は藤井の胸あたりに指を這わせた。
「ちょ、ちょっと!!何してるんすか!?」
「いや、どういう反応するかなー、と思って」
新しいおもちゃを与えられた子供のような瞳で麗子は続ける。
「この後、『ずっと両手が使えないから、溜まってるんでしょ?』とかいう展開を期待してるんでしょ?」
「...図星って言ったらどうします?」
「へぇ~、って言うだけ」
「(...完全に弄ばれてんな俺)」
その二人のやりとりをカーテンの外で聞きながら、篠崎彩子は一人笑いをこらえていた。


『それぞれのクリスマス』(極私的妄想編)

「まさか、クリスマスも病院で過ごすとは思わなかったな...」
藤井はベッドの中で倦怠感に包まれていた。
視界に白いものが入ってきたので、チラッと窓外を見やる。
「雪か...」
藤井は視線を天井に戻した。
「雪国の人間にとっては珍しくもなんともないな」
「藤井さん、起きてますか?」
仕切りカーテンの向こうから女性の声が聞こえた。
藤井は瞬時に篠崎彩子とわかった。
「あ、はい、どうぞ」
「こんばんわ~」
彩子は手にケーキ用の白いキャリーデコ箱を持っていた。
食事用スペースにその箱を置き、窓の外を見ながら彩子はベッド脇のスツールに腰を下ろす。
「わー、降ってきましたね。寒いわけだ」
彩子は息を吐きながら手をすり合わせる。室内はあまり暖房が効いていなかった。
「どうしたんですか?こんな時間に」
藤井は訊いた。この時間に彩子と話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「これケーキなんですけど、一緒に食べません?今日、買ってきたんですけど」
そう言いながら彩子は箱の蓋を開けた。
色とりどりのケーキが並び、目にも鮮やかだった。定番のイチゴショートもあった。
「お、いいですねー、今夜はクリスマスですもんね」
「それもあるんですけど、あの、8日遅れの藤井さんのお誕生日祝いも一緒にと思って。ほら、12月17日は藤井さんの誕生日でしたよね?」
藤井は虚を衝かれたような顔をした。
「え、篠崎さん、覚えててくれたんですか?っていうか、それ以前に知ってたんですか?僕の誕生日」
「え、ええ、まぁ」
いくぶんか歯切れの悪い調子で彩子は答える。しかし藤井は特に気に止めなかった。
「ううう~、こんなに人の温かみに触れたのは初めてですよ」
藤井はわざとらしく両眼の位置に右腕を当てて、感涙にむせぶ仕草をしてみせた。
「ちょっと大げさですよ藤井さん(笑)」
「だって...12月17日は誕生日だっていうのに、携帯におめでとうメールが一件しか入ってなかった上、実家に帰ったら、家族は僕の誕生日のことを完全に忘れていたんですよ(注:両方とも実話)」
「私だって似たようなもんですよ」
「いえいえ、篠崎さん、ホントありがとうございます」
背筋を伸ばし、藤井はベッドに座ったまま深々とおじぎをした。
「いやだ、そんな改まって言わなくてもいいですよ(笑)」
そう言うと、彩子は少し逡巡するような表情を見せ、
「あの...本当のことを言いますと...私に藤井さんの誕生日を教えてくれたのは、麗子先生なんですよ」
「え」
間抜けな声で藤井は反応した。
彩子はケーキの入った箱を見つめながら続ける。
「予定が合わなくて今日は来れないとのことで、麗子さんご自身でケーキをわざわざ注文してくれて」
「そうだったんですか...」
藤井の中に何か熱いものがこみ上げてきた。
「篠崎さん、ケーキ食べましょう!」
彩子はニッコリと笑って頷いた。



とまぁ、基本的に、上記のような文章を、ほぼ毎日のように書いていたのだが、我ながらよくこんなことを毎日書いてたな、と思う。極私的妄想劇場を読んでわかるように、大学時代は、今は無い闇の妄想パワーがあったのかもしれない。


余談。
今の奥さんと付き合い始めて一年目に、奥さんに宛てて書いた手紙の下書きが出てきたのだが、これについては、あと数十年は寝かせないと飲めない感じの仕上がりになっていたので、いつか飲めるときがきたら解禁しようかな、と思っている。

女形風味』のトップ

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ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ編(1)~

ラジオ

ラジオ投稿記~STVラジオ編~
ラジオ投稿記~コサキンDEワァオ!編~
からの続き。

今回の爆笑問題カーボーイ編については、1回で書き上げられる気が全くしなかったので、「UP'S~無印時代」「JUNK時代」辺りで区切って2回 (もしくは3回) に分けて書こうと思う。爆笑問題カーボーイについては、2年前にこのブログで取り上げたことがあったが、実質、今回のブログがその続きに相当することになる。


爆笑問題カーボーイ(昔は爆笑問題カウボーイ)』を本格的に聴き始めたのは、確か99年頃だったと思う。
99年というと、爆笑問題の二人は、まだ30代半ば。年齢だけで判断すると、まだまだ若手といったところだが、この時点で結成から11年という相当なキャリアがあり、さらに司会業も板につき始めた頃だったので、テレビで目にする二人の姿には、既にベテランの風格すら感じられた。
それとは対照的に、ラジオでのトークはフレッシュな若手感が漂っており、二人の和気藹々とした雰囲気と、小気味よくテンポのあるトークは、聴いていて心地よかった。あと、たまに大学時代のノリで、田中さんが太田さんのことを「光さぁ」とウッカリ呼び捨てにすることもあったりと、コアな爆笑問題ファンにはたまらない (?) やりとりも垣間見る (聴く) ことができた。


この頃のカーボーイは、まだ生放送で、オープニングでFAXの呼び込みをしたり、『今週のリスナー代表』として選ばれたリスナーに電話をつないだりと、今とは大分異なる番組構成だった。オープニングで流れるテーマ曲も今とは違う。逆に、今と変わらない点といえば、タイトルコールの後に田中さんが関東地方の天気について話す部分ぐらいだろうか。この田中さんのちょっとした天気話が好き、というリスナーは地味に多いと聞く (私も好きだ)。


そして、当たり前だが、コーナーのラインナップも今と全く違う。唯一、『CD田中』だけが最古のコーナーとして今も生き残っているが、それ以外のコーナーは、『みみいろばみいろ』『川柳研究所』『学校ネタ』『ハッピーワールド』『チンチロうた』『バイウィークリーアンケート』などなど、もはやオッサンリスナーしか知らないようなコーナーだらけである。中には Wikipedia にすら載っていない完全に忘れられたコーナーもあるので、最近聴き始めたという若いリスナーは、特に新鮮に感じるかもしれない。
ちなみに、『学校ネタ』と『チンチロうた』については書籍化もされている。むしろ、学校ネタは本のが有名かも(宝島社爆笑問題の学校VOW』)。
あと、ついでにもう一つ若人の知らない豆知識を披露すると、CD田中というコーナーは、当初、リスナーの作品とは別に、必ずスタッフの作品があった。まだネタの作りの勝手が分からないリスナーへのお手本としてだったのか、それとも単に投稿数が少なかったのかは分からないが、何にしても、毎週ネタを作るスタッフの苦労たるや想像に難くない。また、番組にゲストが来ると、必ずCD○○(○○に入るのはゲストの名前)として、ゲスト版のCD田中がスタッフの手によって作られていた。番組前半のトークで、ゲストが喋った台詞を拾って即興でネタを作るので、かなりスタッフの力量が試されていたように思う。

所変われば品変わる、番組変わればネタの毛色変わる、ということで、爆笑問題のラジオに送られてくるネタも一種独特で、コサキンのそれとはまた違った雰囲気を醸し出していた。
この番組の特徴なのかもしれないが、ネタよりも、投稿してくるリスナー自身にスポットが当たることが多かった。今ではその文化は廃れてしまったが、ネタの前にリスナーの自己紹介を読んでいた時期もあった (今も近いものはあるけど)。当時、番組のファンサイトで個人的に何度も絡ませて頂いた岩崎トシヒデさんは『謎の忍者』を名乗って投稿していたし、『FAXを持っていないリスナー』としてお馴染みだった黒沢竜馬さんは、田中さんに対して「FAXを買って下さい!」と懇願するメッセージを、必ずネタの前に挟んでいた。「FAXがあれば、進路が助かる」という言葉は、古参リスナーだったら覚えている人もいるかもしれない (ちなみに、最終的に本当にFAXを買ってもらっていた) 。

そんなキャラの濃いリスナーが大勢いたこともあってか、「ここに自分が入っていくのは難しそうだなぁ」と気後れして、最初は投稿すること自体考えていなかったが、聴くだけリスナーを1年ほど続けた頃、転機が訪れる。この転機というのは、自分の転機であると同時に番組の転機でもあるのだが、ちょうどミレニアムの年である2001年の最初の放送で、太田さんの口から出た「今やってるコーナー、全部やめる!」という一言がきっかけとなり、現在進行形のコーナーが全て廃止になった。もちろんCD田中も。

廃止になると共に、新しいコーナーが太田さんの思いつきでポンポン生まれた。「『ベランダ』のエピソードを募集しよう」やら「『風が吹いた』ってコーナーどう?」など、完全にその場のノリで毎週のようにコーナーが生まれ、コーナーが20個ほど乱立した時期もあった。このコーナー乱立については、当時賛否両論あったが、番組の新陳代謝が向上し、初投稿の新規リスナーが増え、玉石混合の中で数々の名コーナーも誕生したので、結果的には良かったと思っている。

私もこのコーナー改革の波に乗り遅れまいと、「自分にも書けそう」と思ったコーナーへの投稿を積極的に始めたのだが、これが笑っちゃうくらい採用されなかった。当時の自分がどんなネタを送っていたのか全く覚えていないが、かなりピントのズレたネタを送っていたことは間違いない。
コーナーが増えるというのは、必然的に1つのコーナーに対して読まれるネタの数が減るということで、それはつまりどういうことかというと、『そのコーナーに送られてきた、面白かったネタの上から3つぐらいしか読まれない』ということなのだ。その上位3つに食い込むことができず、悔し涙を飲む日々が続いた。ネタが読まれないときの投稿者あるあるとしてお馴染みの「これ、ハガキが局に届いてないのではないだろうか?」「ネタに目を通されずに捨てられているのではないだろうか?」という疑心暗鬼に苛まれることも多かった。

そして、不採用が続いて半ば自暴自棄になってたある日のこと。

ここから書くことに関しては、投稿者として間違っても絶対にやってはいけないことなのだけど、「女のフリして送ったら採用されたりして」という良からぬ考えが頭をよぎった。よぎるだけならまだ良かったのだが、それを実行に移すだけの鬱積したものが当時の自分にはあった。
先に述べたように、この番組というのはリスナーにスポットが当たることが多く、リスナーのキャラが立っていれば、それだけスタッフの目にも留まりやすい (というと語弊があるが、当時は特にこれが顕著だった)。なので、女性投稿者の絶対数が少ないことを考えると、採用される可能性は高いと踏んでいた。

そして、「まぁ、とりあえず出してみるだけ」と軽いノリでハガキを送ってみたところ、これが一発で採用されてしまった。
『女性の立場から』というコーナーに送った普通のネタ (というか質問) だったが、まさか本当に読まれるとは思っていなかったので、心臓が飛び出るほど驚いた。もちろん、性別を偽って採用されたという罪悪感は多少なりともあったが、それ以上に、初めて爆笑問題のラジオで読まれたという嬉しさの方が勝ってしまい、味をしめた私は、その後も、藤井理奈というペンネームを使い、ハガキの本名を書く部分には苗字だけを書き、"あくまで女性として"ネタを送り続けた。藤井理奈名義で2回ほどYAS5000賞  (当時の週に1人だけ貰える賞) を頂いたが、さすがに途中で虚しくなったのか、投稿は自然と辞めてしまった。ちなみに、賞を頂いたコーナーは、『処女ちゃん』と『僕と私のオナ日記』という、名前の通り品性の欠片もないコーナーである。


それ以降、性別を偽って送ることはなくなったが、今でも悪いことをしたなと自責の念に駆られることがある。「実はボク、藤井理奈なんですよー」みたいなことをファンサイトの掲示板に書き込んだりもしていたので、今思うと本当にイタいやつだった。できることなら、タイムマシンで当時の自分のところに行ってブン殴ってやりたい。
私のラジオ投稿に関する黒歴史のベスト3に間違いなくランクインする出来事だったと思う。

藤井理奈としての投稿を辞めたぐらいのタイミングで、番組内でのコーナー乱立の波は落ち着きを見せ、『こしょうふりかけました』や『70代の視点から』といった出落ちのようなコーナーは完全に消え去り、『音の神様』『子供未来戦争』『田中の弟子募集』『新明解太田辞典』といった人気コーナーだけが生き残った。


ここからまた1年ほど聴くだけリスナーに戻り、『ガール』のコーナーが始まったことをきっかけに、再び別のペンネームでカーボーイへの投稿を再開するのだが、それはまた次回。

UP'S~無印時代の賞 (YAS5000笑い袋&クオカード)
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逃げるは恥だが役に立つ

雑記

今、"恋ダンス"が話題を呼んでいるドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(通称:逃げ恥)にハマっているので、個人的な感想を少し書こうと思う(あらすじをダラダラ説明するつもりは無いので、詳しい内容についてはWikiなどで確認してほしい)。

ブコメ系ドラマから随分と遠ざかっていたので、久しぶりに男女の恋愛模様を描く本作品を観て、想像以上の甘酸っぱさに心を持っていかれてしまった。どこか懐かしさを感じさせてくれる、このムズがゆく初々しい恋愛模様は、自分の中に眠っていた純情可憐な乙女の心と、純粋無垢な童貞の心を同時に呼び起こしてくれた。

脚本が素晴らしいのはモチロンなのだが、主演を務めるガッキーが本当にカワイイ。ガッキーのあまりの可愛さに何も句が浮かばなかった芭蕉が、ただただ「ガッキーや ああガッキーや ガッキーや」と詠んだという逸話はあまりに有名だが、ガッキーの可愛さというのは、デカルトが提唱した「我思う、ゆえに我あり」に並んで、一切の疑う余地がないほどの絶対的真実だと思う。

芸能界には、可愛らしい女優さんが星の数ほどいるが、ガッキーほどこの役がハマる女優はいないのではないだろうか。例えば、(年齢的なことは置いといて)綾瀬はるか石原さとみで考えたときに、どうにもしっくりこない。なぜしっくりこないのだろう、と考えてみたところ、ガッキー天性の女の子らしさにあるのではないか、という結論に達した。
ガッキーは、すごく女の子っぽい雰囲気を持っている。「女の子なんだから当たり前だろう」と思うかもしれないが、とにかく女の子っぽいのである。まだあどけなさが残る少女のような透き通った声、清らかな笑顔、そして、そんな中に見え隠れする一本芯が通った力強さ、そんな、男子が思い描く象徴的な女の子なのだ。爆笑問題田中裕二氏の言葉を借りるなら、とても"ガール"っぽいのである。そのガール感が、ヒロインの森山みくり(もりやま・みくり)に非常にマッチしている。

で、そんなみくりが、星野源演じる"プロの独身"こと津崎平匡(つざき・ひらまさ)に振り回され(ときには振り回す)るのだが、この星野源の童貞っぽさというか、こじらせてる感じの演技がまたとても良い。平匡の煮え切らない態度に「さっさと手ぇつなげよ!」とか「ガッキー泣かせんなよ!」と本気で思ったりするし、その反面で、平匡の葛藤に共感することもあったりと、みくり以上に見てるこっちの心が揺れ動かされ、その揺れ幅に共鳴して泣きそうになったりもする。

テレビの前で第三者として観ているこっちとしては、二人が両想いで、いつか結ばれることは知っている。けれど、二人の気持ちはすれちがってばかりで、なかなか交わらない。けど、お互いがお互いに惹かれあっていることに薄々は気付いている。けど、自分の本当の気持ちを相手に伝えることができない。けど、伝えたい。けど、素直になれない。けど、(略)。この絶妙な空気感に、いつも「あー、もう!あー、もう!」と、テレビ画面の前で限界まで身体をねじらせているのだが、もうしばらく、このねじれ運動を続けさせてほしいので、まだ完全にはくっつかないでほしい、という煮え切らない感想をもって締めの言葉とさせて頂きます。

ロンドン旅行記 (三日目)

旅行

ロンドン三日目。
「女心とロンドンの空」とばかりに、前日とはうって変わって良い天気だった。
ロンドンに来て初めての青空だったが、空が変わるだけでこんなに変わるものか、
と思うほど、窓から見える景色も違って見えた。

この日の午前中は、妻が前々から行きたがっていた『ヴィヴィアン・ウエストウッド』の本店(ワールズ・エンド)に行くことになっていた。
ヴィヴィアンとはイギリスのファッションブランドのことである。私はファッションブランドについては(言うまでもなく)疎いのだが、幾度となく妻の買い物に付き合っているうちに、ヴィヴィアンだけはそれなりに分かるようになった。といっても、あの王冠と地球のロゴぐらいだけど。

早めに朝食をとり、身支度を整えると、トッテナム・コート・ロード駅から、南西の方角にあるスローン・スクエア駅へと向かった。スローン・スクエア駅に着くと、そこからさらに長い道のりを20分ほど歩いたが、後になってワールズ・エンド行きのバスを見かけて、「あー、あれに乗ればよかったね」となった。まぁ、そのぶんロンドンの街並みをたくさん見れたので、それはそれで良かったのだけれど。  

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自分たちが歩いてきたキングスロードの西の端に、お目当ての店『ワールズエンド』はあった。店が数多く立ち並んでいる通りの、かなり外れに位置しているその店の前には、大きな時計が飾られており、それが勢いよく逆時計回りで回っていた(時計に対して逆時計回りという表現を使うのは違和感がある)。
ちなみに、この店は映画『けいおん!』にもチラッと出てくる、ということを後になって知った。ロンドンに行く何週か前の食事会で、友人らから「『けいおん!』の映画は絶対に観たほうがいいよ!」と強く勧められたので、行く前に観ておけばよかったな、と後悔した。

 

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日本人のスタッフがいる、という情報をネットで事前に仕入れていたのだが、店内には、カッコいい感じのイギリス人のお姉さん店員が二人いるだけだった。レジに座っていた方のお姉さんは、胸のところにオッパイの写真が印刷されたオッパイTシャツを着ていた。


店内を見て回っていると、お姉さんが「何をお探し?」と話しかけてきたので、妻が「こういう靴がほしい」説明すると、それに見合った靴を何種類か持ってきてくれた。靴を履いている間に、レジのところにいたお姉さんが、スマホを片手に「ねぇねぇ、この犬、チョー面白くない?」みたいなことを言いながら、変な帽子をかぶった犬の写真を見せてくれた。
2日目に出会ったKizittaさんのときにも感じたことだが、ロンドンの店員は、接客が日本のそれと比べてとてもフランクである。これが日本の店員だったら、「あ、大丈夫です」とか言いながら心の扉をそっと閉じるところだが、そんなに嫌な感じがしないのは、向こうがしごく自然体だからだろうか。まぁ、嫌な感じがしないとは言っても、もちろん緊張はするのだけれど。

靴は、それなりの値段したので、今回はクレジットカードで支払った。イギリスはカード社会で、たいていの店はカードが使える。なかには、現金を嫌がる店もあるらしいが、確かに、高額の買い物をしたときになどは、10ポンド札を何十枚もいちいち出すのは、払う方としても面倒だな、と思った。
そんなこんなで、無事に靴(とネックレス)を購入し、店を後にした。

バスでトッテナム・コート・ロードへ戻り、ホテルに荷物を置くと、17時頃まで近場を散策することにした。というのも、この日は、18時から、『切り裂きジャックのダークロンドンとカルチャー発信地ショーディッチ』という、今回のロンドン旅行で唯一申し込んだオプションツアーに参加することになっていたからである。

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ツアーの待ち合わせは、早めに出たものの、微妙に場所が分からなかったので、駅員に聞きながら、どうにか待ち合わせ場所までたどり着いた。私たちが一番最初だったようで、まだツアコンの人すら着ていないようだった。
駅の中を見回しながらしばらく待っていると、小学校の先生のような風貌の男性が現れ、おもむろに「切り裂きジャックツアー」と書かれた紙を両手に掲げた。人目のつく場所で怪しげな紙を掲げることに興奮を覚える性癖の人ではないことを遠巻きに確認しつつ、おそるおそる話しかけてみると、長谷川さんというツアコンの方だった。
「よろしくお願いします」とお互いに挨拶を交わすと、長谷川さんが「まだ他に2名参加者がいるんですけど、まだ来られていないようですね」と、辺りを見回した。他の参加者は両方とも女性らしい。ちなみに、このツアーを強く希望したのは妻なので、女性はこういうのが好きなのだろうか、と思った。

開始5分前になると、参加者と思しき女性が現れた。見た目は、しっかりしてそうな感じの20代後半のOLだったが、後で話を聞いてみると、まだ社会人1年目だそうで、一人でロンドンまで7泊8日の旅行に来たらしい。さぞかし旅慣れているのかと思ったが、これが初の海外旅行で、しかも英語が苦手らしく、困ったときはグーグル翻訳を使って言いたいことを全て書き出し、それを係員に見せて「This, OK?」で乗り切ってきたとのことだ。「グーグル翻訳、最強っすよ!」と言っていたが、心の中で「あなたも結構最強ですよ」と思っていた。本人がこのブログを読んでいるため、勝手な想像であれやこれや書くのは控えるが、すごく楽しい人だったので良かった。
参加するはずだったもう一人の女性は、結局、待ち合わせ時間を過ぎても現れなかったため、やむなく置いていくことにした。

切り裂きジャックのツアーと銘打ってはいるが、移動している間に、長谷川さんから、ロンドンでは有名な美味しいチョコレートの店やベーグルの店など、色んな店を紹介してもらった。ベーグルの店は、ツアーの帰りに寄って、美味しいと評判の『ホット・ソルト・ビーフ』を買って帰った。これもとても美味しかった。

肝心の切り裂きジャックの話も、とても興味深く聞けた。長谷川さんが、小学校の先生のような口調で、「はい、ここがですね、第五の殺人が起こった場所になります」と、遠足ではまず聞かないタイプの台詞を、朗々と淀みなく話しているのを聞きながら、現場の写真を撮ったりした。ちなみに、後から箕輪さんに聞いたところ、長谷川さん、本当に小学校の先生だったらしい。   以下、写真メインで紹介する。   第五の殺人が起こった学生寮の前。もともとは簡易宿泊施設という名の売春宿だったらしい。売春宿をそのまま学生寮にするのもすごいけど。

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切り裂きジャックと被害者が会っていたと思われる有名なパブ。一時期は、切り裂きジャックに乗っかって『Jack the Ripper』という名前にしていたらしい。

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第二の殺人現場。

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切り裂きジャックの逃走経路だったと言われている、雰囲気のある路地。また、このロンドンっぽい街頭が良い味を出している。

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クラフトビール工場。

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  『世界弾丸トラベラー』で、南キャンの静ちゃんが行ったというカレー屋。地元でも美味しいと有名らしい。

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美味しいと評判のチョコレート屋さん。チョコレートは1粒単位で売られていて、すべて量り売りっていう、なかなか珍しいシステム。

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  毎日行列ができるという、24時間営業のベーグル屋さん。

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  最後は、ブリュードッグという有名なパブでクラフトビールを飲んで、この日はおしまい。

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そんなわけで、三日目終了。この日もグッタリして、ベーグルを食べた後はすぐに寝た。