セミが触れない

いつからだろうか、セミが触れなくなった。

「ジジジ・・・」という機械音にも似た声を響かせながら、中空を縦横無尽に飛び回り、急にピタッと木に止まる、あのセミの一連の動きを見ているだけで軽く鳥肌が立つほど苦手になってしまった。

子供の頃は全然平気で、むしろ率先してセミ採りをしたり、自由研究でセミの羽化を観察したりしていたのだが、いつの間にか、『私の中の気持ち悪い虫ランキング(オリコン調べ)』のかなり上位までセミが食い込んできていた。初動はそうでもなかったが、演歌のような売れ方で、じわりじわりと上りつめて、現在は単独2位である。
(ちなみに、1位はカタツムリ。カタツムリは小学生の頃からダメで、特に殻のグルグルがとにかく気持ち悪くて仕方なかった。殻が割れてるカタツムリなんぞ見た日には、思わずケロケロケロッピしてしまいそうになる程キツかった。あれは何というか、映画『食人族』でカメの甲羅を剥ぐシーンにも近いグロさを子供心に感じていた。)

セミが触れないとハッキリ自覚したのは大学の頃だったと思う。
うちの実家の周りは、栗の木に囲まれており、あちこちセミが飛び交っているのだが、その日の夜、たまたま網戸を少し開けていたせいで1匹のセミが私の部屋に闖入してきた。この時点で、既にパニックホラーなのだが、そのセミは、音もなく部屋の土壁にピタッと止まり、「お前が動けばオレも動くぞ」といった空気を醸し出しながら、少し背伸びすればギリギリ手が届くぐらいの高さから、私を見下ろしていた。
「そっと捕まえて、外に逃がそう」と思っている心とは裏腹に、体は全く動かず、このとき初めて「あ、オレ、セミ触れない」と悟った。そのときは、近くにあった小型のエアガンを手に持ち、どうにかセミを撃ち落としてやろうと考えたのだが、BB弾はセミの胴体に掠ることもなく虚しく空を切った。その攻撃に対して怒ったセミは、錯乱したように部屋の中を飛び回り、その後はもう地獄絵図だった。最終的に逃がせたかどうかも、よく覚えていない。ただ、これを機に、セミに自分から近づくことはなくなった。

そういえば、ついこないだ、実家に帰った時のこと 。親父が「道端で羽を痛めて飛べなくなってたから」とセミを拾ってきて、「ちょっと写真を取るから、セミ持ってて」と、狂気の沙汰としか思えないことを言い出したので、「無理!」と一蹴したが、大人になっても触れる人は触れるんだな、と思った。

もう夏も終わり、セミが仰向けになってドッキリを仕掛けてくる時期に入った。私はあれを心の中でセミコロンと呼んでいるのだが、ちょっと調べたところによると、生きてるかどうかの見分け方は、脚を伸ばして開いているものはまだ生きていて、曲げて閉じているものは死んでいるらしい。

まぁ、そんなことを確認できる余裕がないほど苦手な人は、遠くからBB弾を撃てばいいじゃない。