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逃げるは恥だが役に立つ

雑記

今、"恋ダンス"が話題を呼んでいるドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(通称:逃げ恥)にハマっているので、個人的な感想を少し書こうと思う(あらすじをダラダラ説明するつもりは無いので、詳しい内容についてはWikiなどで確認してほしい)。

ブコメ系ドラマから随分と遠ざかっていたので、久しぶりに男女の恋愛模様を描く本作品を観て、想像以上の甘酸っぱさに心を持っていかれてしまった。どこか懐かしさを感じさせてくれる、このムズがゆく初々しい恋愛模様は、自分の中に眠っていた純情可憐な乙女の心と、純粋無垢な童貞の心を同時に呼び起こしてくれた。

脚本が素晴らしいのはモチロンなのだが、主演を務めるガッキーが本当にカワイイ。ガッキーのあまりの可愛さに何も句が浮かばなかった芭蕉が、ただただ「ガッキーや ああガッキーや ガッキーや」と詠んだという逸話はあまりに有名だが、ガッキーの可愛さというのは、デカルトが提唱した「我思う、ゆえに我あり」に並んで、一切の疑う余地がないほどの絶対的真実だと思う。

芸能界には、可愛らしい女優さんが星の数ほどいるが、ガッキーほどこの役がハマる女優はいないのではないだろうか。例えば、(年齢的なことは置いといて)綾瀬はるか石原さとみで考えたときに、どうにもしっくりこない。なぜしっくりこないのだろう、と考えてみたところ、ガッキー天性の女の子らしさにあるのではないか、という結論に達した。
ガッキーは、すごく女の子っぽい雰囲気を持っている。「女の子なんだから当たり前だろう」と思うかもしれないが、とにかく女の子っぽいのである。まだあどけなさが残る少女のような透き通った声、清らかな笑顔、そして、そんな中に見え隠れする一本芯が通った力強さ、そんな、男子が思い描く象徴的な女の子なのだ。爆笑問題田中裕二氏の言葉を借りるなら、とても"ガール"っぽいのである。そのガール感が、ヒロインの森山みくり(もりやま・みくり)に非常にマッチしている。

で、そんなみくりが、星野源演じる"プロの独身"こと津崎平匡(つざき・ひらまさ)に振り回され(ときには振り回す)るのだが、この星野源の童貞っぽさというか、こじらせてる感じの演技がまたとても良い。平匡の煮え切らない態度に「さっさと手ぇつなげよ!」とか「ガッキー泣かせんなよ!」と本気で思ったりするし、その反面で、平匡の葛藤に共感することもあったりと、みくり以上に見てるこっちの心が揺れ動かされ、その揺れ幅に共鳴して泣きそうになったりもする。

テレビの前で第三者として観ているこっちとしては、二人が両想いで、いつか結ばれることは知っている。けれど、二人の気持ちはすれちがってばかりで、なかなか交わらない。けど、お互いがお互いに惹かれあっていることに薄々は気付いている。けど、自分の本当の気持ちを相手に伝えることができない。けど、伝えたい。けど、素直になれない。けど、(略)。この絶妙な空気感に、いつも「あー、もう!あー、もう!」と、テレビ画面の前で限界まで身体をねじらせているのだが、もうしばらく、このねじれ運動を続けさせてほしいので、まだ完全にはくっつかないでほしい、という煮え切らない感想をもって締めの言葉とさせて頂きます。