昔の日記について

少し前に、mixiが「黒歴史日記を掘り返すキャンペーン」という企画をやっていた。
私は、自分が昔に書いた恥ずかしい文章などはワインのようなもので、寝かせれば寝かせるほど熟成されて良い味が出てくると思っている。そういう意味で、自分の黒歴史に対しては、さほど抵抗がない (といっても、ものによるけど)。
で、古いmixi日記を読み耽っているうちに、何か誘発されたのか、自分が学生の頃に書いた文章などを無性に読みたくなり、眠っていたHDDをひっぱり出してみた。

大学の頃は、『女形風味』という自分の個人HPを持っていたので、そこでほぼ毎日、日記なのか妄想なのか判断がつかないような駄文をダラダラと書いていた。そのときの日記のデータがかろうじて生き残っていたので (ネットラジオのデータは、ほぼ消してしまったようだが) 、いくつか載せたいと思う。今がちょうどクリスマス時期ということで、それくらいの時期に書いたやつを以下にピックアップする。


『それぞれのクリスマス』④

「葵、もう寝ちゃったみたいよ」
平山佐紀は襖を後ろ手で静かに閉めた。
「今日は大分はしゃいでたから疲れたんだろう」
キッチンテーブルで小皿に盛られたサラミをつまみながら夫の秀雄は言った。軽くワインが入っているため、頬がほんのりと赤くなっている。
佐紀が秀雄の前に座る。
「プレゼントはもう用意したの?」
「ばんたん」
「それじゃ、例年通りお願いね」
「ああ、起さないようにそっとな」
空になったグラスに秀雄はワインを注ぐ。
「なんか...葵が生まれてからずっと葵中心の生活になっちゃったよね」
佐紀は両肘をテーブルにつき、重ねた両手の上に顎を乗せた。
「そうだな。まぁ、世間一般では、それが普通なんじゃないか」
椅子から立ち上がり、秀雄は戸棚からもう一つグラスを取り出し、佐紀の前に置く。
「うん、そうなんだけど...」
そう言いながら、佐紀は秀雄から視線を外した。
「たまには、パパとママじゃない時間も作りたいな...なんて」
佐紀は自分の発した台詞に少し赤くなった。 秀雄はそれを見て軽く口元を緩めると、佐紀のグラスにワインを注ぎ、自分のグラスを佐紀のほうに掲げた。少し照れながら、佐紀もそれに倣う。
二人は小声で「乾杯」と言うと、カチャッとグラスを合わせた。
『パパとママ』から、恋人同士へと戻る瞬間。
窓の外はいつしか雪が降り始めていた。


『それぞれのクリスマス』①

居酒屋。
「ったくさー!何さあの男!」
神林里美はテーブルに上体を預けたまま、グラスを叩き付けた。ビールがテーブル上に少し散った。
「何も...何も、クリスマスの前日に別れ話なんてしなくてもいいじゃない...」
「酒が進むねぇ」
対面でタバコを吸いながら、古峨良照は面白い物を見るような目で里美を眺めている。
「飲まなきゃやってられないですよ!」
里美は顔を真っ赤にしながら言った。
「...って、古峨さん!!私のことは、ほっといてください!!」
「そうはいかんだろ、ほっといたら川にでも飛び込みそうな勢いだからな」
「飛び込みますよホントに...はぁ...」
溜息をつき、里美は再び顔をうつ伏せにする。
「一つタメになることを教えようか」
独りごつように良照は言った。
「酒を飲んで忘れられることというのは、別に普通にしてても忘れられるものなんだ。酒は人間を錯乱状態にさせるが、それはあくまで一時的なことで、記憶というのはちゃ~んと脳に残ってる。ゆえに、心に深く負った傷というのは酒の力じゃどうしようもならんわけよ。ヤケ酒というのは非常に効率が悪い」
「一時的でもいいですよ私は」
「ふ~む、さてさてどうしたものか」
軽く肩をすくめ、良照はタバコの火を消した。
「神林...これから、オレんち来るか?」
「え...?」


「...って、一瞬でもドキッとした私が馬鹿でしたよ」
喧騒にかき消されるほどの小さな声で里美は呟いた。
「あ?何か言ったか?」
鍋に具材を入れながら良照は振り返る。
「古峨せんぱーい!肉入れてくださいよ、これじゃただの野菜鍋ですよ」
一人の男が不平を洩らした。
「うるさい!豆腐を食え豆腐を!」
「だいたい人数が多すぎるんですよ、こんな狭い部屋で」
別の男の声が飛ぶ。
「狭くて悪かったな。だが、そのぶん温まるぞ」
「古峨さん...私やっぱりかえ」
と里美が口を開きかけたところで、それを遮るように良照が、
「ほらほら!神林!そんなとこに突っ立ってないでここに座れ!」
「はいはい...」
その後、良照の家では深夜まで鍋パーティが続いた。
最初は乗り気ではなかった里美も、いつしか団欒の輪に加わり、先ほどまでの嫌な気持ちが消し飛んでることに気付いた。
「...たまにはこういうクリスマスもいいかな、なんて」


極私的妄想劇場②(基本的に適当なネタが思いつかなかったときに書きます)

「ねぇ、藤井クン、男の子ってどういうときにHになるの?」
三重野妙子はニヤニヤしながら言った。
「あのー、そういう確信犯的な質問やめてもらえます?先輩」
「あら~?どうして?」
唇を尖らせ、わざとらしく首を傾げながら妙子は藤井の顔を覗きこんでくる。
「...もうその手には乗りませんよ」
「へぇ~」
妙子は藤井の耳たぶをいじりながら、
「でも以前は困惑しながらも内心喜んでたように見受けられたんですけどー」
「まぁ、前は前...ってことで」
精一杯虚勢を張り、そっぽを向く藤井。
「じゃあこういうのは?」
妙子は体を摺り寄せ、顔を藤井の肩にポンと乗せた。
「あー、結構効いてるみたい」


極私的妄想劇場⑤(眠くてしょうがないときに書きます)

相変わらず入院中の藤井。
このまま足が退化するのでは、と心配になるるほど藤井は動いてなかった。
「ふはぁ~あ...、暇だ」
両腕を使えないときのあくびというのはどこか滑稽だな、とどうでもいいことを思いながら藤井は窓外の樹木に目をやった。
「こんちわー」
「わっ」
カーテンが急に開き、麗子(保健の先生)が顔を覗かせた。
「お見舞いにきたよん」
「もう、驚かせないでくださいよ」
「なんだ、思ったより元気だね。心配して損しちゃった」
麗子は藤井のベッドに腰を下ろす。
「へぇ~、これ固定されてるんだね」
ギブスを指でちょんちょんと突きながら麗子は訊く。
「ええ。でも、もう少しで外せるみたいなんですけど」
「それまでは、このまま動けないの?」
「そうです、なもんでもう暇で暇で...」
藤井が喋っている途中から、麗子は藤井の胸あたりに指を這わせた。
「ちょ、ちょっと!!何してるんすか!?」
「いや、どういう反応するかなー、と思って」
新しいおもちゃを与えられた子供のような瞳で麗子は続ける。
「この後、『ずっと両手が使えないから、溜まってるんでしょ?』とかいう展開を期待してるんでしょ?」
「...図星って言ったらどうします?」
「へぇ~、って言うだけ」
「(...完全に弄ばれてんな俺)」
その二人のやりとりをカーテンの外で聞きながら、篠崎彩子は一人笑いをこらえていた。


『それぞれのクリスマス』(極私的妄想編)

「まさか、クリスマスも病院で過ごすとは思わなかったな...」
藤井はベッドの中で倦怠感に包まれていた。
視界に白いものが入ってきたので、チラッと窓外を見やる。
「雪か...」
藤井は視線を天井に戻した。
「雪国の人間にとっては珍しくもなんともないな」
「藤井さん、起きてますか?」
仕切りカーテンの向こうから女性の声が聞こえた。
藤井は瞬時に篠崎彩子とわかった。
「あ、はい、どうぞ」
「こんばんわ~」
彩子は手にケーキ用の白いキャリーデコ箱を持っていた。
食事用スペースにその箱を置き、窓の外を見ながら彩子はベッド脇のスツールに腰を下ろす。
「わー、降ってきましたね。寒いわけだ」
彩子は息を吐きながら手をすり合わせる。室内はあまり暖房が効いていなかった。
「どうしたんですか?こんな時間に」
藤井は訊いた。この時間に彩子と話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「これケーキなんですけど、一緒に食べません?今日、買ってきたんですけど」
そう言いながら彩子は箱の蓋を開けた。
色とりどりのケーキが並び、目にも鮮やかだった。定番のイチゴショートもあった。
「お、いいですねー、今夜はクリスマスですもんね」
「それもあるんですけど、あの、8日遅れの藤井さんのお誕生日祝いも一緒にと思って。ほら、12月17日は藤井さんの誕生日でしたよね?」
藤井は虚を衝かれたような顔をした。
「え、篠崎さん、覚えててくれたんですか?っていうか、それ以前に知ってたんですか?僕の誕生日」
「え、ええ、まぁ」
いくぶんか歯切れの悪い調子で彩子は答える。しかし藤井は特に気に止めなかった。
「ううう~、こんなに人の温かみに触れたのは初めてですよ」
藤井はわざとらしく両眼の位置に右腕を当てて、感涙にむせぶ仕草をしてみせた。
「ちょっと大げさですよ藤井さん(笑)」
「だって...12月17日は誕生日だっていうのに、携帯におめでとうメールが一件しか入ってなかった上、実家に帰ったら、家族は僕の誕生日のことを完全に忘れていたんですよ(注:両方とも実話)」
「私だって似たようなもんですよ」
「いえいえ、篠崎さん、ホントありがとうございます」
背筋を伸ばし、藤井はベッドに座ったまま深々とおじぎをした。
「いやだ、そんな改まって言わなくてもいいですよ(笑)」
そう言うと、彩子は少し逡巡するような表情を見せ、
「あの...本当のことを言いますと...私に藤井さんの誕生日を教えてくれたのは、麗子先生なんですよ」
「え」
間抜けな声で藤井は反応した。
彩子はケーキの入った箱を見つめながら続ける。
「予定が合わなくて今日は来れないとのことで、麗子さんご自身でケーキをわざわざ注文してくれて」
「そうだったんですか...」
藤井の中に何か熱いものがこみ上げてきた。
「篠崎さん、ケーキ食べましょう!」
彩子はニッコリと笑って頷いた。



とまぁ、基本的に、上記のような文章を、ほぼ毎日のように書いていたのだが、我ながらよくこんなことを毎日書いてたな、と思う。極私的妄想劇場を読んでわかるように、大学時代は、今は無い闇の妄想パワーがあったのかもしれない。


余談。
今の奥さんと付き合い始めて一年目に、奥さんに宛てて書いた手紙の下書きが出てきたのだが、これについては、あと数十年は寝かせないと飲めない感じの仕上がりになっていたので、いつか飲めるときがきたら解禁しようかな、と思っている。

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