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ラジオ投稿記~伊集院光 深夜の馬鹿力編(1)~

『ラジオ投稿記~STVラジオ編~』
『ラジオ投稿記~コサキンDEワァオ!編~』
『ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ(1)(2)(3)(4)~』

からの続き。

今回の馬鹿力編を書くにあたり、どの辺りから書き始めようかなと迷ったのだが、過去の投稿記と同様に、自分が番組を聴き始めた頃から記憶を辿りつつ、順に振り返っていこう思う。

TBSのJUNK(当時はUP's)の並びだと、最初に水曜の「コサキンdeワオ!」、次に火曜の「爆笑問題カーボーイ」、そして最後に月曜日の「伊集院光 深夜の馬鹿力」を聴くようになった。番組を知ったタイミングについては、そこまで大差なかったと思うが、馬鹿力に関してだけは、毎週必ず聴くようになるまでに長い時間を要した。というのも、当時の私は、伊集院光を只のデブタレぐらいにしか認識しておらず、正直なところ、本人にあまり興味がなかった。これが全く知らない人間だったらフラットな気持ちで聴けたのかもしれなが、中途半端にテレビで知っていたぶん、変な先入観があったのかもしれない。後に、ラジオ関係のことを色々と調べていく中で、人気ラジオパーソナリティーとしての顔を知ることになるのだが、この頃は、伊集院さんが昔ニッポン放送でラジオをやっていたことも知らなければ、居酒屋で局長を一本背負いしてニッポン放送を追放された(かなり誇張が入っている)ことなども、もちろん知らなかった。

で、そういったこともあり、月曜深夜の同時間帯は、JUNKではなく、より自分の興味ある芸能人がパーソナリティーを務めていたオールナイトニッポン(以下、ANN)を優先して聴くことが多かった (そういえば、火曜日も最初は松村邦弘のANNを聴いており、番組が終了したタイミングで爆笑問題に切り替えたことを、書いていて思い出した)。

当時のANN月曜一部は、福山雅治が担当しており、若いリスナーに向けて下ネタ全開のトークを発信していた。今でこそ下ネタを話すのが一般にも知られているが、初めて福山雅治の口から「チンポたつたつ」といったモロな下ネタを聴いたときは、かなり衝撃を受けたのを覚えている。今でいうと、本人のキャラクターを全く知らない状態で星野源のANNを聴く感じに近いだろうか。
ちなみに、この頃の月曜二部はTMR西川貴教が務めており、一部と合体して二人で4時間ぶっ通しSPをやったりしたこともあった。そのときは、朝の5時近くまで起きていたので、翌日は眠い目を擦りながら学校に行った記憶がある。もちろん授業中は寝ていたけど。

福山雅治のANNが最終回を迎えると、次のANNパーソナリティーはロンドンブーツ1号2号だった。このタイミングでJUNKに乗り換えるという選択肢もあったのだが、当時の私はロンブーの方に興味があったので、継続してANNを聴く方を選んだ。ロンブーのANNは、月曜一部としては一年で終了したが、月曜SUPER!の枠(22:00-24:00)に移動してからも聴き続ける程度には好きだった。亮さんが島崎和歌子に本気で告白する企画とか未だに覚えてたりする。
余談だが、ロンブーANNの最終回は、芸人のラジオとは思えないほどスタジオがしんみりして、淳さんが号泣しながら「あー!終わりたくねぇー!」と言いながら番組が終了したのだが、その直後に「来週からは田村淳のANNが始まります」という音声が流れ、思わず「おいっ!!」とラジオの前で突っ込んだことを覚えている。ナイナイのANNが終了したときのように、「来週から岡村隆史のANNが始まります!」「おいおい、なんだよそれー!(笑)」とゲストに突っ込ませる茶番要素が一切なかったので、なんとも微妙な気持ちになったのを覚えている。

脇道に逸れたついでに、この頃のANN話をもう少し。

今でこそTBSラジオぐらいしか聴いていない私だが、当時はニッポン放送も結構聴いていた。それこそ「ナインティナインのANN」は毎週必ず録音して何度も何度も聴いていたし、当時、投稿者の間で絶大な人気があった「U-turnのANN」は、送られてくるネタの壊れっぷりが本当に好きで、毎週バカ笑いしながら聴いていた。
ネット上でラジオリスナーの方と交流するようになってからは、消印所沢さん(馬鹿力の常連投稿者)が方々で勧めていた「GOGO!7188のANN-R」を聴くようになり、同番組に投稿もしていた。ちなみに、消印所沢さんの口コミによって、馬鹿力の投稿者界隈にも番組の噂が広まり、結果、馬鹿力でしか名前を聴くことがなかった「まげまげ」「ピカわ」といった常連投稿者のネタが同番組で読まれる、といった現象が起こり、一部では妙な盛り上がりを見せていた。懐かしい。

話を戻して、

ロンブーのANNが22時の枠に移動するに伴い、入れ替わりでココリコがパーソナリティーを務めることになった。ここでもJUNKに移るチャンス(?)はあったのだが、当時の私は伊集院光ではなくココリコを選んだ。ただ、ココリコは自分的にあまりハマらなかったらしく、3か月も過ぎた頃には、完全に惰性で聴く感じになっていた。そして、番組内で「モーニング娘に対抗して、ノストラダ娘を作ろう!」という企画が立ち上がった辺りで、色々とついていけなくなり、月曜日のニッポン放送とはお別れすることにした。当時、どのくらいの人がココリコのANNを聴いていたのか知らないが、一部の番組にも関わらずWikiが存在しないあたり、人気の無さが伺える。

この辺から、ようやく馬鹿力の話。

かなり記憶がおぼろげなのだが、初めてマトモに馬鹿力を聴いたのは、リスナーを呼んでの『UP's音頭の盆踊り大会』の回だったと記憶している(後で調べたら、1999年8月16日なので、たぶん時期的にはあってる)。この回は、『夏休みエンジョイスペシャル』と題して、リスナーを呼んで盆踊りをしたり、リスナー宅にホームステイしたり、ハレンチ肝試し(日曜の夜9時半頃に、全裸で9Fと1Fの間をエレベーターで往復)をするという、平常回ではなく、いわゆるスペシャルウィークだった。そういう意味で、初めて番組を聴く私にとっては丁度よかったといえる。当たり前だけど、スペシャルウィークって意味あるんだね。

とはいえ、それでも最初は「なんか楽しいことやってるな」程度の感想しか持てず、細かい内容はあまり耳に入ってこなかった。番組の流れを理解して、面白さを感じ取れるようになったのは、聴き始めて1か月ぐらいだろうか。コサキンで慣れていた分、適応は早かったと思うが、ハマり方はコサキンよりも緩やかだった。なんというか、「気がついたら聴くのを止められなくなっていた」みたいな麻薬のようなハマり方だった。

番組を聴いていく中で、パーソナリティーである伊集院光のことも色々と知ることができた。元落語家だということ。元アイドルの奥さんがいること。日ハムのファンだということ。ゲームが好きなこと。高校三年生の三学期に中退したため、最終学歴が中卒なこと。小学校五年のときに実の母親から「お前は、蛇みたいな目をした子だ」と言われたこと。などなど、挙げればキリがない。

また、テレビでいつもニコニコ笑っているイメージと違い、深夜ラジオでは、触るものみな噛みつく、といったような毒性の強い人間だということも分かった。俗にいう"黒伊集院"というやつである。本人としては白伊集院とか黒伊集院といったように、テレビのキャラとラジオのキャラを明確に使い分けているつもりはない、といったようなことを言っているが、当時は黒伊集院を意識してやっていたようなふしがあったように思う。

あと、この番組を聴いていると、夢と現実の狭間をフワフワと漂っているような、そんな感覚に陥ることが多かった。深夜ラジオというのは結構そういうものだったりするが、この番組に関しては特にそれが顕著だった。故・談志師匠(「男子死傷」に誤変換された。悲しい)の言葉を借りるなら、イリュージョンを体現してるというのだろうか。伊集院光による、自分の妄想をリスナーの脳に直接送り込むような巧みなトークが、リスナーの脳汁の分泌を促進し、脳汁が溢れ出た状態で送られてくる投稿者のネタを聴いたリスナーがさらに脳汁を出し_...といった一連の電波サイクルによって、番組はガラパゴスな進化を遂げ、JUNKの中でも一種独特の雰囲気を放っていた。

馬鹿力が始まって20年も経っているので、今は昔に比べて色んな意味で落ち着いてはいるが、それでもかなりクセのある番組であることは間違いないだろう。なので、好みはハッキリと別れると思う。実際、「昔、馬鹿力を聴いてみたけど、どうにも合わなかった」というJUNKリスナーの方を何人も知っている。以前、このブログで、初心者でも入りやすいのはカーボーイだと書いたが、馬鹿力に関しては、ある程度、深夜ラジオに慣れ親しんでから聴いた方がいいと思う。ある意味、最後に行きつく場所(東尋坊的な)だと思っている。

長い前段と簡単な番組紹介だけで終わったので、次回は投稿の話まで行きたい。

 

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