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ラジオ投稿記~伊集院光 深夜の馬鹿力編(2)~

『ラジオ投稿記~STVラジオ編~』
『ラジオ投稿記~コサキンDEワァオ!編~』
『ラジオ投稿記~爆笑問題カーボーイ(1)(2)(3)(4)~』
『ラジオ投稿記~伊集院光 深夜の馬鹿力(1)~』

からの続き。

馬鹿力を聴くのが習慣になるまでは長かったが、習慣になってから投稿するまでに時間はかからなかった。

馬鹿力の投稿に関する記憶を呼び起こしてみたところ、思い出せる範囲で最も古かった記憶が第214回の放送だった。年月日にすると99年の11月15日なので、番組を聴き始めてから約3か月後ということになる(実際には、もっと前から出していたのかもしれないが)。
この頃は、馬鹿力と同じ並びでやっていた『コサキンdeワァオ!』や『爆笑問題カーボーイ』はもちろん、文化放送や地方のラジオ局にも投稿をしていたので、馬鹿力は、あくまで、数あるネタ投稿ラジオの中の1つという位置付けだった。

ここで、当時の自分について少し話しておく。

当時、私は高校1年生で、入学早々からクラスにあまり馴染めず、数少ないホンの一握りのオタク友達以外には全く心を開かない子供だった。そして、その妙なプライドの高さゆえ、人からイジられることを極端に嫌い、できる限り注目を浴びないよう、息を殺すようにクラスに身を置いていた。結果、クラスの中では本当に存在感がなく、浮いた存在になっていた。「浮いた存在」という言い方は、ある意味では「周囲から奇異の目を向けられる存在」といった可能性も暗に含んでいるが、私の場合、そんなことは一切なく、例えば「もっとも存在感のない県って何県?」というアンケートについて考えてみたときに、「島根」とか「佐賀」は、存在感が無さすぎるがゆえに、むしろ序盤に出やすいと思うが、「岩手」辺りは意外と出ない。私は、まさに岩手のような存在で、存在感がないことを感じさせないほど存在感がなかった (島根、佐賀、岩手県民の人ごめんなさい)。
そんな、クラスでは全く目立たない虫みたいな存在の自分が、ラジオという舞台ではネタが読まれて、パーソナリティに笑ってもらっている、ということで、どうにか精神のバランスを保っていた。日々の鬱積した感情をハガキに書き殴ることが、自分の生きている証だった。誰かの言葉を借りるなら、当時は"闇パワー"で動いていた。

話がどんどん暗い方向にいってるので、一旦戻す。

そんなスクールカーストの最下層にいた高校生が、闇パワーを原動力として馬鹿力に投稿を始めるわけだが、初採用までの道のりは、想像していた以上に長く険しかった。初めて番組で自分のネタが読まれるまで、実に"10カ月"という期間を要した。その間、継続的にネタを出していたかどうかはハッキリと覚えていないが、自分の性格上、律儀に毎週送り続けていたと思われる。ただ、先にも述べたが、その頃は馬鹿力以外の番組にも投稿していたので、せいぜい出せても10ネタぐらいだったと思うけど。
このブログを書くまで、初採用までの期間を意識したことなど無かったが、まさかそこまで不採用が続いていたとは思ってもみなかったので、投稿するモチベーションが落ちなかった自分に感心するやら呆れるやらである。私の友人に「3回ぐらいラジオ番組に投稿したけど、読まれなかったからやめた」という男がいるのだが、普通はそんなものなんだろうなぁ、と思う。ラジオ投稿するにあたって一番大事なのは、類稀なネタを思いつく発想力ではなく、不採用が続いても根気よくネタを出し続けることができる忍耐力なのかもしれない。

で、初めてネタが読まれたのは、相田みつをの『にんげんだもの』をパロッた『だめにんげんだもの』というコーナーだった。このコーナーは、ダメ人間ならではの味わい深い短文を考えるというコーナーなのだが、当時はこのコーナーがBGMも含めて大好きで、もともとダメ人間気質な上に闇属性の高校生だった私は、日頃から考えていることや自分のダメな部分を、包み隠さずハガキにしたためていた。限りなく実話に則して書いたのが功を奏したのか、

「え、触りまくる?だめだって、間違ってるよそんな答え。だってさ、時間が止まってるのは1時間ってことなんだから、とりあえず写真とか撮りまくってさ、形になるもの残さないとだめじゃん」

というネタで初めて採用を頂いた。これは当時、クラスメイトの熊倉君(前回の投稿記にも登場)とよく「透明人間になったらどうする?」とか「時間が止まったらどうする?」といった非現実的なエロシチュエーションを妄想して、そこで取るべき最善の行動を議論していたときのやりとりの一部を切り取ったものだ。熊倉君とは日頃からこんな不毛な議論ばかりしていたので、妄想系のエロネタには事欠かなかった。
本当にどうでもいい余談なのだが、熊倉君と二人で「クラスの中でオナニーしてそうな女子」というテーマで話していたときに、私が希望的観測も込めて「XXXさん(クラスで一番美人な女子)は?」と言ったところ、「あのさ、真面目に考えろよ」と本気で怒られたことがある。真面目に考えて導き出せる問題なのかどうか分からないが、私の中で妙に印象に残っているダメエピソードの1つである。

で、この初採用を境に、少しずつではあるがネタが読まれるようになった。コサキンのときもそうだったが、1回読まれると、「ああ、こんな感じのやつが読まれるのかー」と感覚が分かってくるから不思議である。まぁ、読まれるようになったといっても、4~5週に1回ぐらいのペースだったが、自分の中では、それでも大きな前進だった。それまでは、「自分の地域から投稿したハガキは、馬鹿力に届く前に全てシュレッダーにかけられているのではないだろうか」と疑心暗鬼に駆られたりもしていたので、無事に届いていることが確認できただけでも良かった。ただ、それと同時に、ネタに目を通されている上でボツにされ続けている事実を突きつけられて、少々落ち込んだりもした。

当時、自分の中で特にお気に入りだったコーナーは、前述の「だめにんげんだもの」以外だと、「早押しクイズQQQのQのQ」が挙げられる。これは、伊集院さんが適当にクイズの回答として何か単語を言って、それが正解になるような問題文をリスナーが考える、というコーナーである。
例として、答えが「120%」になる問題として、以下のようなネタがあった。

今日の『森田さんのお天気コーナー』の中の出来事。森田さんの言ったユーモアに大笑いしたアシスタントの女の子の手が、誤って森田さんの顔に当たってしまい、森田さんのメガネが落ちてしまったからさあ大変。アシスタントがすぐさまメガネを拾い上げた時には、時既に遅し。先程の笑顔も、いつもの気の弱そうな表情もどこへやら、そこには赤銅色の鬼が一人。無言で女の後頭部をわしづかみにすると、天気図にドカーン。おびえ切った表情で「ごめんなひゃい」と謝る声も聞かずにも一度ドカーン。血染めの天気図にビビッたディレクターが、「画面を切り換えろ!」と叫んだのでスイッチャーが天気図をアメダスに切り換えるも、よく考えたらしぶきはそのまま、画面だけアメダス。ここでカメラに向かって森田さんの雄叫び。「ワシを怒らせたら血の雨が降る確率…」さて、何%?

もはや問題文の体を成していないが、要は正解に繋がればどんな文章を書いてもいい、というものだったので、投稿者の発想力が試される自由度の高いコーナーだった。ラジオなのに「シルエットクイズです。この人は誰でしょう?」みたいな問題文もあったし。
また、このコーナーで『珍文』という概念を初めて知ることになる。珍文という言葉が、この番組で生まれた言葉なのかどうかは知らないが、簡単に言うと、頭のネジが外れたような電波な文章を総称して珍文と呼んでいるようだ。自分の中では、コサキンでいうところの「意味ねぇ~」とニアリーイコールだと捉えている。QQQのQの珍文系のネタで、個人的に凄く好きなネタがある。それが以下(答えが「B型」になる問題)。

大相撲の土俵入りには、曙関の雲龍型と若乃花関の不知火型、トゲフリル関の放送禁止型、千代の富士の『大好きなおなじみさんからの真剣なプロポーズを「ウチは芸者やし、あんたみたいないいとこのボンボンとは釣り合いまへん。みんな夢、一晩限りの夢なんどす。さぁさぁ、若旦はん、飲んでおくれやす、ラー油を」』型の4種類ありますが、トゲフリル関の血液型は何型?

多分、普通の人が読んだら何が面白いのかサッパリ分からないと思うし、当時の自分ですら、このネタを初めて耳で聞いたときには「?」マークが何個も頭に浮かんだが、なぜかそれでも爆笑を禁じ得なかったのは、自分の脳が馬鹿力に順応したからだと思う。若干大仰な言い方になるが、後になって改めてこのネタを聴いたときに、"このネタを面白いと感じられる馬鹿力の土壌"に対して、何か深夜ラジオの可能性みたいなものを感じた。これは今でも感じることなのだが、「他の番組では絶対に読まれないけど、この番組だったらこのネタを読んでくれるのではないだろうか?」といった、行き場の無いネタの受け入れ先みたいな側面が馬鹿力にはあって、それによって救われている投稿者が数多く存在すると思っている。私も、その中の一人だけど。

閑話休題

QQQのQは、凄く好きなコーナーだったので、なんとしても読まれたかったのだが、残念ながら1度も採用されずに終わってしまった。当時の自分が送っていたネタを今改めて読み返すと、「そりゃあ採用されないわ!」と突っ込みたくなるような何の引っかかりもない文章のオンパレードなのだが、結局のところ、当時は、ただただ自分が面白いと思い込んでいる荒唐無稽なエゴの塊みたいな文章を送っては自己満足に浸ってだけだったように思う。ピカソの絵を見て「ああ、これなら自分にも書けそう」と安易に考えて、気の向くままに落書きをするのとなんら変わらなかった。実体験からシフトさせるネタについては、それなりに採用されていたが、1から創作で作ったネタに関しては、てんでダメで、かすりもしなかった。採用されることだけに拘るのも良くないと思うが、たとえば、過去に読まれた他の人のネタと自分が書いたネタを並べてみて、そこで自分が書いたネタが見劣りしないかチェックするだけでも、かなり違っていたと思う。

ただ、当時は今には無いパワーがあった。「たとえ読まれなくても、俺が書きたいんだから書く!」といった我を押し通すような独りよがりな思考で、何も考えずに書きたいネタを書いていた。多分、こういう気持ちが無いと投稿は楽しくない。今は若干この気持ちが薄れている感があるが、それでも「これ、絶対に読まれないだろうなー」と思いながらも、王ロバ感覚で井戸の中に放り込むようなネタを、まだちょいちょい出しているので、これが続く限りは投稿はやめないだろうなぁ。

自分がそうであるように、長く投稿が続く人は、こういうタイプだと思う。


次回も学生時代編。

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