分子ガストロノミー料理を食べてきた

うちは毎年、結婚記念日になると、妻と二人で美味しいものを食べに行くのがお決まりになっている。さて今年はどこに行こうかと考えていた今月の頭に、妻が「『分子ガストロノミー』が食べたい」と言ってきた。

 

分子ガストロノミーというのは、食材を構成している分子に着目し、温度や湿度による分子の結合が味に及ぼす影響を研究するもので、近年ではその研究が様々な調理に応用されているらしい。一応、その言葉自体は自分もなんとなく知ってはいたが、料理知識のすべてを料理漫画から仕入れている私的には、食戟のソーマで「分子美食学の申し子」と言われている薙切アリスが最初に思い浮かんだ。見たこともない調理器具を使って作る、味の想像がつかない料理、といったイメージだった。
妻は、以前オモコロWebで、分子ガストロノミー技術を使った料理を出す「セララバアド」という店のレポ漫画を読んで興味が沸いたらしい。自分もその記事は読んだのだが、その記事の他にも、ダ・ヴィンチ・恐山氏が、店の感想を個人Youtubeチャンネルで話しており、そちらも面白かったので、興味のある人は聴いてみるのをオススメする。

 

分子ガストロノミーを取り入れている珍しい店ということもあり、料理のお値段は決して安くはなかった。どうしようかなと少し悩んだが、「まぁこういう機会でもないと行くことないしな」と思い、行くことに決めた。ただ、人気店のためネット予約は一ヶ月先まで既に満杯だった。
ところが、ネットの予約状況をチェックしていた妻が、今週の木曜に1組分空席が出たことを私に教えてくれた。確かに予約状況が×でなく△になっている。リアルタイムで同じページを見ている人が他に4人いたので、我先にとすぐさま予約を入れた。「同じページを見てる人が他に××人います」の表示は、こういう部分で機能するんだなと少し思ったりした。


そして当日。
コサキンリスナー的にはお馴染みの代々木上原駅まで電車を乗り継いだ。自分的には初めての代々木上原だった。

 

『セララバアド』は、代々木上原の閑静な住宅街の中にひっそりと佇んでいた。名店というのは、だいたい閑静な住宅街の中にあるものだ。


予約していた5分前に店の前に着いたので店が開くの待っていると、同じ時間に予約していた人がゾロゾロと集まってきた。このお店は、個別ではなく、同じ時間に予約していた人全員で一斉に食べ始めるというシステムなのである。
時間になり店に入ると、カウンター2席、テーブル14席だけの小さな空間が広がっており、なるほど確かにこれはすぐに予約が埋まるなと思った。
私たちは店の奥の方にあるテーブル席の方に通された。落ち着いて食べられそうな席だったが、調理している工程が見られるということもあり、カウンター席にもちょっと惹かれた。
席につくと、テーブルの上には手のひらサイズの小冊子が置かれており、表紙には「セララバアドの旅」と書かれてあった。中を開くと短い物語が綴られていた。


なんでも、物語の内容とコース料理がリンクするような演出が施されているらしい。あとから気付いたのだが、料理だけでなく店内に流れる音楽や空調なども物語に合わせてるようだった。
ちなみに、「セララバアド」というのは宮沢賢治の短編作品に出てくる登場人物の名前だそうだ。店主が宮沢賢治好きらしい。うちの妻も宮沢賢治が好きで、「宮沢賢治が好きな人は宮沢賢治のことを『賢治』って呼ぶんだよ」と教えてくれたが、店主も他のお客さんと話しているときに宮沢賢治のことを「賢治」と言っていた。大島優子ファンの言う、「優子」みたいなものだろうか。

 

で、ここからいよいよコース料理に入る。


1品目「イケバナ ハモン」

枝が出てきた。
これは事前にオモコロ記事を読んでいたので知っていたが、それでも驚いた。
生ハムが巻き付けられた枝と、オリーブの実を食べる。うん、よく分からないけど美味しい。オリーブにも何か手が加えられてるようで、普通のオリーブより美味しかった。

 

2品目「キャラメルポップコーン」

店主から「崩れやすいので、そっと上を持って一口でお願いします」と説明された。液体窒素で周りを固めているらしい。口の中に入れると、外側が崩れて旨味が口の中に広がった。おそらくコーンスープ的な何か。

 

3品目「朝露」

大きな葉っぱの器が出てきた。物語の中に「大きな葉っぱに溜まった朝露」という記述があったので、それを表現しているのだろう。
その葉っぱの上に朝露を模したゼリー状の何かが乗っていた。朝露を飲むように、葉っぱを持ち上げて口元まで転がして運ぶらしい。中身は梅昆布茶とジュンサイ

 

4品目「花蜜」「ペトリコール ゲオスミン」

いよいよ、料理なのかどうかすら怪しくなってきた。実際、覆いがされている石の方は料理ではなかった。店主の説明によると、雨の匂いがするインドの香料が石にかかっているらしい。嗅いでみると、確かに雨の匂いがした。不思議。
花の方は、蜜を吸うものらしい。子供の頃に、つつじやサルビアの蜜を吸った記憶を思い出してほしいとのこと。美味しんぼの『水』料理対決で、至高のメニュー側が朝露が溜まったバラの花を出してきたのをボンヤリ思い出した。

 

5品目

トマト風味のジュレ。4品目で吸った花の花びらを散らしてお食べください、ということだった。オシャレな演出だ。


6品目「夏の高原」

高原を表した器に、白桃とフレッシュチーズ。それにレモングラスのオイルが敷かれていた。と、ここで普通のパンが出てきた。

「パンだ...」と、当たり前の食べ物が出てくることに妙な安心感を覚えた。
まぁ、普通のパンといっても、これもかなりこだわって作られてるようで、何もつけずに食べても十分な旨味が感じられた。一応、あとでパン用にバルサミコ酢的な何かが出てきたが、6品目のオイルに漬けて食べても美味しかった。

 

7品目「海辺」

今まで普通の「皿」が出てくることがほぼなかったが、今回も皿ではなく「箱」が料理の器として出てきた。箱の上には所狭しとシーフードが並んでいる。
料理が運ばれたときに店主が、「右上の巻貝を耳に当てて波の音をお聴きください」と言ってきたので、当ててみると、笑っちゃうぐらい波の音が聞こえた。てっきり、うっすら自然音が聞こえてくる程度かと思ったら、貝の中に何か仕込んでるらしく、バカでかい波の音が聞こえた。
ちなみに、箱の中には小さなボトルメールが入っており、その中に本日のメニューが書かれているとのことで、食べた後に取り出した。

 

8品目「夜海」

器の表面に乗っている網状のものはイカスミで、中にはイカの出汁と一緒に玉ねぎやイカが入っていた。イカスミを崩してスープと一緒に頂く。優しい味。

 

9品目「穴子 雑穀 クレソン」

雑穀とコーンが混ざったリゾットに、良い感じに熱が通された穴子が乗っており、クレソンのソースがかかった一品。穴子はフワフワで、ソースとの相性も抜群だった。

 

10品目「玉手箱」

玉手箱のような器から白い煙がこぼれ出ていた。ホタテを瞬間燻製したものらしい。
正直、私はホタテは苦手なのだが、このホタテは大丈夫だった。旨味が凝縮している感じだった。

 

11品目「和牛 野菜の涙」

メインの和牛料理。和牛も美味しかったが、それ以上に中の野菜が美味しかった。
特にナスがすごくて、後で店長に聞いてみたら「トロなす」という特別なナスらしい。名前の通り、トロけるような触感が格別だった。

 

12品目「ピニャコラーダ」

ラムをベースに、パイナップルジュースとココナッツミルクで作った「ピニャ・コラーダ」というカクテルをイメージしたデザート。私はカクテルに明るくないので、言葉の響き的に「あつまれ!ピニャータ」が思い浮かんだのだが、そういうことを考えてそうな客は周りにいなかった。まぁでも、あとで店主に聞いたらオモコロの記事を見てくる人が、1日に1組ぐらいいるらしいので、そんな人もいるのかもしれない。

 

13品目「檸檬

トゲトゲのメレンゲの中に、レモンのクリームが入ったデザート。

 

14品目「トマト」「蛍」「木漏れ日」

お菓子の盛り合わせ。トマトのマカロン琥珀糖、そして、ガラスの器を持ち上げて下から覗くと、まるで蛍がいるかのように見えるゼリー状の何かである。

 

15品目「線香花火」

コース料理のしめくくりは線香花火。この店の名物らしい。片方は本物の線香花火で、もう片方はパチパチキャンディーが入ったチョコレートが先端に刺さっている。なんとも風情のある品。夏の終わりに食べたい感じ。


とまぁ、こんな感じのコース料理だった。ちなみに、合間合間に料理に合わせたドリンクがついてくる(というか注文必須)のだが、それらも非常にこだわりが感じられた。
特に8品目あたりに出てきたスイカジュースは、中に入っていた氷がハッカ風味で、口の中をサッパリさせてくれた。微に入り細に入り、客を楽しませるギミックに溢れた料理が満載だった。

 

帰り道は、まるで1本の映画を観たあとのように、料理の感想を妻と二人で話しながら帰った。妻は、今回のことを「『食事』というか、『体験』だったね」と表現していた。確かにその通りで、ディナーというよりはアミューズ寄りの何かだった。道すがら、ローソンに立ち寄っておそうさいコーナーを眺めたのだが、先ほどの体験とのギャップというか、見た瞬間に食材の味が想像できることに対して、なんとも言えないおかしさがこみあげてきた。

 

こんな体験をしたい方は、何かの記念に行ってみることをおススメする。食のキャパシティが広がるぞ。