結婚式の式場見学でメチャクチャ接待された話

最近、ツイッターで「B'zファンの私が結婚式場の下見に行ったら、デザートのお皿にチョコレートで超クオリティの高い稲葉さんのイラストを書いてもらった」といった内容のツイートが話題になっていた。それを見て、自分が式場見学に行ったときの記憶がフラッシュバックしたので、今回はそのときのことを少し書きたいと思う。

かれこれ10年近く前のことになるが、その日のことは今でもよく覚えている。かなりインパクトのある出来事だったので、当時の自分は何があったか全てメモに残していた。
なので、そのメモに書いてある内容と妻の記憶を照らし合わせると、その日の出来事をかなり正確に書き起こすことができるかと思う。あと、ネガティブな意見とも捉えかねない表現が混じっているので、式場の名前は一応伏せる方向で話を進める。

 

あれは、私と妻が結婚式を挙げる1年前のゴールデンウィーク。二人で、式をどこで挙げるか話し合っていた。妻が言うには、以前に参列したイトコの結婚式がタイヘン素晴らしく「自分が結婚するなら絶対この系列の式場が良い!」と、既に心に決めているところがあったようなので、挙式をセッティングしてもらう系列グループは早々に決まり、あとは場所をどこにするかという段になった。色々と検討した結果、全国にあるその系列の式場から、最終的に候補を二か所にまで絞り込んだ。一か所目は栃木で、もう一か所は埼玉。栃木は妻の実家がある県、埼玉はアクセスのしやすさで候補に入れた。

 

最初は栃木の式場に足を運んだのだが、これが非常に辺鄙な場所にあり、パスを乗り継いでいくのも難儀だったため、行きだけは義父に車で送ってもらった。式場の近くまで来ると、これが本当に何も無いところだった。まぁ、そういうところも含めて売りにしてるのかもしれないが(実際、かなり人気の式場らしいし)、式場に到着した時点で、申し訳ないと思いつつも「ここは無いかな...」と心の中でそっと候補から外した。ただ、せっかく申し込んだのだし、埼玉の式場見学の参考程度に、くらいの軽い気持ちで見学に臨んだ。

 

式場の正門前に着くと、担当の男性の方(仮名:田中さん)が、「ようこそお越し下さしました!」と、爽やかな笑顔で私たちを出迎えてくれた。「よろしくお願いします」と、挨拶もそこそこに打ち合わせスペースまで案内されると、机の上に置かれた、伊集院光の顔写真がプリントされたメッセージカードが目に飛び込んできた。見た瞬間、思わず「え!?」と驚いた。田中さんが離席したタイミングで妻に話を聞いたころ、見学を申し込む際に電話口で「伊集院光さんのラジオがきっかけで」と、馴れ初めを話したらしい。これは田中さんと話していく中で知ったことだが、ここのスタッフはサプライズが大好きらしい。そして、とにかく盛り上げたがりな集団なのだそうだ。きっと、友達のためにフラッシュモブをやってあげるのも厭わない人たちなのだろう。おぎやはぎのラジオでいうところの、6組軍団(学年にひとつはある、やたら団結力が強いクラス)である。

サプライズというのは意外とやっかいなものだ。サプライズを受けると、驚きや嬉しさに加えて、むず痒さや恥ずかしさがどうしてもついて回る。特に私のような、光が全く当たらない深海で長く暮らしてきた魚のような人間にとっては、浮袋が口から出てしまいそうになるのを禁じ得ない。ただ、向こうは100%善意でやってくれていることは分かっているので、浮袋が出ないように、全力でサプライズを受け止められるよう心の準備だけはしていた。

 

談笑を交えながら簡単な式場の説明を受けたあと、田中さんからアンケートを頼まれた。趣味だったり、好きな色だったり、好きなアーティストだったり、様々な項目があった。私と妻の共通の好きな人物として伊集院光を書き(好きなタレントの欄がなかったので、アーティストの1人として書いた)、あとは各々、自由に記入した。そこから少し休憩を挟んだあと、田中さんから実際に式場の案内をしてもらった。

 

最初に通されたのは、緑豊かで目にも鮮やかなガーデン。そこから中庭のプールへと誘導された。プールの前につくと、辺りのスピーカーから爆音でグループ魂の『君にジュースを買ってあげる』が流れ始めた。思わず体がビクッとしたが、妻が"好きなアーティスト"の欄にグループ魂を書いたので、そのサプライズだろう、ということに数秒経ってから気付いた。なるほど、あのアンケートはこういう部分につながってくるのか。スーファミの『MOTHER2』で、ゲーム本編を始める前に「好きな食べ物」だったり「かっこいいもの」を入力すると、それが実際に本編で登場する、というシステムをちょっと思い出した。私は好きなアーティストにラルクと書いたので、別の場所でHYDEのソロ曲が流れた。

 

プールから戻ると、式場内のトイレに寄った。すると、トイレの中から、何やら結婚式場には似つかわしくない感じの音楽が聴こえてきた。よくよく聴いてみると、荒川ラップブラザーズの『アナーキー・イン・AK』だった。これにはさすがに吹き出し、思わず心の中で「音源どうしたんだよ!」と突っ込んだ。軽く補足しておくと、荒川ラップブラザーズとは、伊集院光と久保こーじによるユニットである。先ほどのグループ魂とは認知度が天と地ほど違う。こんな短い時間で音源が手に入るはずがないので、おそらくYoutubeから抜いたのだと思うが、それにしたってずいぶんと仕事が早いな、と思った。式場のスタッフが、妻からの電話を受けて『伊集院光』という単語を聞いた時点で、多方面にリサーチをかけたのかもしれないが、なんにせよ驚かされた。結婚式場のトイレで荒川ラップブラザーズを聴いたのは、世界広しといえど私と妻の二人くらいだと思う。

 

トイレから戻ると、次はいよいよ披露宴会場の方へと案内された。田中さんから「どうぞ扉を開けて下さい」と促され扉を開けると、BUMP OF CHICKENの『天体観測』が爆音で流れた。私も妻も、好きなアーティストの欄に書いてなかったので、なぜバンプが流れたのかは謎である(好きは好きだけど)。会場に足を踏み入れると、10人ほどのスタッフが温かい拍手で出迎えてくれた。一番端のスタッフは、写真を拡大して切り抜いて作ったと思われる伊集院光のお面をつけていた。バックに流れているバンプの曲も相まって、かなり謎の空間だった。そして、高砂席の中央に目をやると、伊集院さんと奥さんであるミカさんの結婚式のときの写真が飾られていた。あとで妻に聞いたら、「この演出はちょっと良いな」と思ったらしい。

で、そのまま披露宴会場で美味しいご飯をいただき、最後はもう一度プールの方に出てバルーンリリースをやった。まとまった風船を空に向かって一斉に飛ばすアレである。飛ばすときには「ハッピーウェディング」的な掛け声をするものらしい。飛ばす前に、田中さんから「ここは、ハッピー伊集院光、とかにしますか?」と地獄のような提案をされたので、即座に「いや、普通でいいです!普通で!」と拒否した。

 

ここまでの流れを読んでもらったら方なら分かると思うが、ここのスタッフはちょっと伊集院光を強く押しすぎる傾向にある。二人の共通項なので、そこをできるだけ全面に出したいという気持ちは理解できるものの、そこだけ際立たせて演出されると、小っ恥ずかしいことこの上ない。以前、空気階段のラジオで、もぐらさんが、雑誌の撮影のときに「もぐらさんの好きなアーティストだから」と気を遣われて、撮影中にずっと銀杏BOYZを流されたという話をしていた。「こんなモテない男の曲、ずっと聴いてきたの?」と周りから思われてそうという自意識からか、10人ぐらい大人が周りにいる中、オシャレなスタジオに銀杏BOYZが流れてるのがとにかく恥ずかしかったらしい。このエピソードを聞いたとき、式場でもてなされてるときの自分もそんな気持ちだったなぁ、と相通ずるものを感じた。

 

そんなこんな会場を案内してもらい、ようやく元の打ち合わせスペースに戻るのだが、ここからの営業トークがとにかく長かった。まぁ営業トークとはいっても、自分たちのことを本当に考えてくれた上で一番良さそうな提案をしてきてくれるので、「きっとここで式を挙げても素晴らしいものになるんだろうな」とは思ったが、やはり立地的な面を考えたときに、この場所は厳しいと思った。依然として心は埼玉に傾いていた。そんなこちらの思いなど露知らず、松岡修造ばりの熱量を持って営業トークを続ける田中さん。「他に好きな人がいるということを隠した状態で告白を断るときって、こんな気持ちなんだろうな」などと頭の隅で思いながら、時計の針だけが刻々と進んでいった。まぁ、会場を案内してもらって、いろんなサプライズを準備してもらって、美味しい料理を振舞われて、しかもクォーカードまで貰って、それで全て無料というのはさすがに虫が良すぎると思うし、自分が向こうの立場だったらどうにかここに決めてほしいと思うはずだ。それは嫌というほど分かった。ホント、タダより高いものは無いのである。
そしてさらに時間は過ぎ、打ち合わせスペースの上の方に「ふぇーん、もうかえりたいよー(泣)」と書かれた大きなフキダシが出て、そこに私と妻の頭から出た小さな雲が繋がっている、という状態が小一時間ほど続いたのち、「バスの時間がなくなってしまうので」ということで、契約はペンディングということにしてもらった。

 

で、結局、最終的に同じ系列の埼玉の式場に決めたのだが、今でもこの栃木の式場見学のときのことは鮮烈に記憶に残ってる。ある意味、人生において貴重な経験だった。
もし、これから式場見学に行こうと考えている人は、このブログの内容をしっかりと嚙みしめた上で、いろんなもてなしを受ける覚悟を持って臨んだ方がいいか思う。

 

ちなみに、結婚式のときの話は別の記事に書いているので、興味のある方はどうぞ↓

結婚式 - 心と身体の健康だより

またラジオに投稿するようになった話

宣言するほどのことでもないが、またラジオに投稿を始めた。

最後に出したのが2013年なので、約9年ぶりになる。仕事でフリーランスに転身したことや、プライベートで他の趣味に時間を割くようになったこともあり、ラジオに投稿することは正直もうないと思っていた。ラジオ仲間から「もうラジオに出さないの?」と聞かれたときも、恋愛に疲れたOLが「もう恋はしないかな」とこぼすような感じで投稿の終わりを告げていた。

 

しかし、恋というのは突然やってくるものである。それが『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』だった。パーソナリティーをつとめるのは、今や演者としてもテレビで見る機会が多くなった売れっ子テレビプロデューサーの佐久間宣行だ。

私が最初に佐久間さんのことを知ったのはいつだっただろうか。確か『ゴッドタン』の『谷桃子王決定戦』の回で、谷桃子から強制的にステージ上に上げられて一緒にネタをやるくだりがあり、その辺りから存在を意識し始めた。完全に蛇足だが、先日カラオケに行ったとき、LIVE DAMのバーチャルカラオケのリストに谷桃子の名前があって「へぇ、今こんな仕事してるんだ」と、若干の驚きを覚えた。まぁそれはいいとして、当時は佐久間さんのことを一介のテレビスタッフとしか見ていなかったし、名前も顔もボンヤリとしか知らなかった。プロデューサーという肩書きも知らなかった。

そんな佐久間さんのパーソナルな部分を知るキッカケになったのがこの番組だ。初めて聴いたのは、確か1年目の何回目かの放送だったと思う。ツイッターのTLで「佐久間さんのラジオが面白い」という書き込みをよく目にするようになったので、試しに聴いてみることにした。おそらく、これが中途半端に知ってる芸人とかだったら、逆に聴いてなかったと思う。深夜ラジオリスナーというのは、得体のしれないイロモノ系パーソナリティが大好物なのだ。あと、テレビ東京の社員がニッポン放送で話すということにも興味を惹かれた。

最初、独特なガハハ笑いが少し気になったものの、トークは普通に面白かった。それと同時に「裏方の人なのに、よくこれだけ一人喋りできるな〜」と感心した。本人がすごく準備するタイプの人間とのことなので、トークは事前にしっかり練ってから臨んでいるのだと思うが、それでも生放送は緊張もするだろうし、慣れない環境で喋るのは難しいと思うので、かなり肝が据わってる人なんだろうな、と思った。

最初はそんな感じで放送に触れて、それからもたまに聴くようになった。佐久間さんの興味ある分野がけっこう自分とかぶっていたり、番組中に流れる曲が自分の好みと合っていたので、そういう部分も含めてだんだん番組そのものが好きになっていった。あと、佐久間さんがテレ東を退社してフリーになったのと同時期に、自分も当時勤めていた会社をやめてフリーになったので、勝手に佐久間さんに親近感を抱くようになっていた。退社直後の放送で、「確定申告どうしよう」みたいなトークをしてるときは、ラジオの前で「わかるー」と思いながら聴いていた。

 

番組への投稿を意識し始めたのは、割と最近のことだ。
放送内で読まれているネタの温度が今の自分に丁度いいということもあってか、放送を聴いてるときに「あ、これネタにできそうだな」と、不意にネタが思いつくことがよくあった。で、「せっかく思いついたのだから」と、出せないラブレターが溜まっていくかのように、ネタの種が日に日にスマホのメモ帳に増えていった。ちなみに、佐久間さんのラジオ関係なく、普段から気になった単語をメモる習慣自体は前々からある。例えばトイレに入ったとき、『人がいない場合でも水が流れることがあります』といった定型文を無駄にメモったりしている。これは、社会人になって投稿を再開した頃に自然とやり始めたことだ。以前、何かのバラエティを観ていたときに、クイズ作家の矢野さんが、街角で目に止まったものを片っ端からクイズの種としてスマホに書き込んでいくということをしていた。このレベルまではいかないまでも、私もこれに近いことをしている。投稿していないのにこういう事をするのは、部活を辞めても素振りの練習だけは続けている元野球部員のような、思いを断ち切れてない悲壮感のようなものがあるのだが、もう癖になっているのだからしょうがない。

で、そんなネタが溜まっていくメモ帳を見ながら、徐々に「投稿したい」という気持ちが強くなっていった。「よいのか、お主。1度投稿したら、またあの終わりの見えないマラソンが続くのじゃぞ」という投稿の神様(大量のハガキを貼り合わせた衣を纏っている)の声が背後から聞こえたものの、気がついたときには、直近2〜3週の放送で採用されたネタの文字起こしをして、読まれるネタの傾向を分析し始めていた。キーボードを叩きながら、「ああ、もう後戻りはできないな」と思った。

 

最初に投稿したのは今年の6月だった。手前味噌になるが、『深夜の馬鹿力』や『爆笑問題カーボーイ』をはじめとして、今まで色んなラジオ番組で読まれてきた人間なので、「まぁ1〜2週で読まれるだろう」という驕りが少なからず自分の中にあった。それが投稿の神様の逆鱗に触れたのか、最初の一ヶ月はまったく読まれなかった。「え、マジか?」と思った。後になって気づいたことだが、これにはいくつか原因がある。1つめの原因として、毎週やるコーナーをキチンと把握してなかった。これはもう根本的な問題である。

『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』には、『企画書はラブレター』『カンペ』『ラジオチャンピオン』という3つのコーナーがある。
最初、書きやすいということで、特にテーマなどが設けられていない『カンペ』のコーナーをメインに送っていたのだが、よくよく聴いてみると、このコーナーはやる頻度がきわめて低い。3週続けてやらないこともあったりする。むしろ、やる方が珍しいくらいなのだ。やらないのだから、読まれないのも当然である。そういう意味で、『企画書はラブレター』をメインに出す必要があった。こちらはスポンサーである明治とのコラボコーナーになっているので、ゲストが来てコーナーが無くなる場合を除き、必ず毎週やることになっている。

2つ目の原因は、テーマに沿っていないネタが多かったことだ。こちらは『企画書はラブレター』限定の理由になる。
比較対象として丁度いいので、私が9年前に投稿していた『深夜の馬鹿力』を例にとる。カルタコーナーなど、馬鹿力にも1つのテーマに沿ってネタを考えるコーナーは存在するものの、基本的にはオモシロに全振りの姿勢なので、テーマから若干ずれていたとしても割とストライクを取ってくれる。あきらかなボール球でも「球速が200km出てるからOK!」みたいな判定が下されることもあるので、ストライクゾーンが広いというよりは、どこに投げてもOKみたいな自由さがある(逆にいうと、どこに投げるか迷うことがあるのだけど)。あと、球審の気分によってストライクゾーンが大きく変わったりするので、その辺の調整が非常に難しい。
対して、佐久間ANNの『企画書はラブレター』だが、このコーナーはテーマにキチンと沿ったメールでないと絶対に採用されない(何週か送って確信した)。スポンサーとのコラボコーナーということで、ぶっとびすぎたシュールなネタや、下ネタなどもまず読まれない。私もこの辺は理解して送っていたつもりだったが、長きに渡る馬鹿力への投稿によって、投球フォームにだいぶ癖がついていたらしい。カレー勝負なのに、カレー風味のチャーハンを作って「これはカレーです」みたいな感じのネタを割と送っていた。「旨けりゃいいだろ」精神を一旦捨てないとダメだな、と悟った。

あと、これは投稿をするようになって始めて感じたことだが、この番組はトークとリアクションメールが主体で、コーナーはあくまでオマケ程度の位置づけだということだ。これはANN0という番組の時間的制約もあると思う。基本的に必ずやるコーナーは、前述の『企画書はラブレター』と、ジングルで流れる『ラジオチャンピオン』の2つ。『企画書はラブレター』は毎週7〜12通、『ラジオチャンピオン』は毎週2通のメールが読まれる。とすると、だいたい毎週10通程度のネタしか読まれないことになる。これは、今まで自分が投稿してきた番組と比べると格段に少ない。この10通に食い込むのは、なかなか至難の技だなと思った。だが、そう考えると、「この番組だけに集中して送ってるハガキ職人」って、いないとは言わないまでも、けっこう少ないのではないのだろうか。まぁ仮にそうだとしても、採用難易度はそこそこ高そうな気はする。

 

で、これらの分析をもとにネタを調整し、投稿を続けた。

 

そして、7月14日の『カンペ』のコーナーで、晴れて初採用を頂いた。読まれたネタは、投稿を始めた最初の週に送ったネタだったので、1ヶ月遅れでの採用になる。なので、このコーナーに関しては、ネタの方向性は最初から間違っていなかったらしい。
リアタイでは聴けなかったものの、佐久間さんが自分のラジオネームを読み上げて、自分のネタで笑ってくれるのは嬉しかった。あと、ニッポン放送で読まれるのは20年以上ぶりだったので、そういう意味での喜びもあった。ニッポン放送で最後に読まれたのは、確か『GO!GO!7188オールナイトニッポンR』だったかな。ネタを読まれた喜びから、RNてるてるアフロさんよろしく「自分のネタが読まれた部分を何度も何度も聴く」を久しぶりにやった。これをやりながら「radikoに10秒スキップ機能つけてくれよ...」と本気で思った。スキップ機能、普通のリスナー以上に投稿者の需要が高い気がする。

 

1回読まれて調子が出たのか、その後は『企画書はラブレター』のコーナーに2週連続で読まれ、8月17日の放送では2採用&ベスト企画メールに選ばれた。ベスト企画メールに選ばれた回は、翌日を休みにしていたのでリアタイで聴いていたのだが、佐久間さんが「本日のベスト企画メールは..東京都北区 藤井菊一郎」と言った瞬間、周りに妻がいたことも気にせず(なぜか起きてた)、「よし!!」と快哉を叫び、無意識にガッツポーズをしていた。久しぶりに本気で胸がドキドキして体が震えた。なんというか、しばらく忘れていたものを久しぶりに思い出したような感覚だった。ああ、そうだよこれだよ、と。お前、ラジオにメール送るの好きだったじゃん。そんな内なる声が聞こえてきた。後になってから振り返ったとき、自分にとっての「あの夜を覚えてる」のうちの1つが今夜になるだろうな、と思ったりした。

大人になると、感情の表面に薄い膜のようなものができて、本気で喜びを表に出すことが減ってくる。年を重ねるにつれ、その膜はドンドン厚くなっていく。しかし、ラジオで読まれる喜びというのは、そういった膜をも容易く破るパワーを持っていると思っている。15才だろうが60才だろうが、ラジオで読まれると本気で嬉しいのだ。以前、ツイッターにも書いたことだが、ラジオで自分のラジオネームが聴こえてくる喜びというのは、何者にも代え難い脳内麻薬的な快感がある。「1回ラジオで読まれてみな、飛ぶぞ」と言いたい。

 

そんな感じで久しぶりにラジオに投稿する喜びを思い出させてくれたこの番組には、これからもメールを出していきたいと思っている。佐久間さんに名前を覚えてもらえるところまではいきたいかな。
と、最後の方は少し熱くなってしまったので、最後に締めの一曲。槇原敬之で『もう恋なんてしない』

シン・ウルトラマン感想(ネタバレあり)

先週の土曜日、『シン・ウルトラマン』を観てきた。

公開日が金曜だったこともあり、仕事終わりに映画を観てきたという人の感想が早くも自分のTLにポンポン流れてきていた。公開初日の時点でシン・ウルトラマン一色のTLになり、油断するとデカめのネタバレを食らいそうな雰囲気だったので、翌日に予約を取ることにした。1人で観るのもなんだな、と思い、妻に「シン・ウルトラマン、観る?」と聞いたら「面白い?」と聞き返されたので、「シン・ゴジラが面白かったら、たぶん面白い」と言ったら「じゃあ観る」となったので、二人分のチケットを予約した。公開週の土日は満席かなと思ったが、意外とスンナリ予約できた。というか、かなり空いてた。池袋HUMAXシネマズで観たのだが、自分たちの列で他に座ってる人はいなかった。

事前情報によると、シン・ウルトラマン初代ウルトラマンを観ているとより楽しめるとのことらしい。ちなみに、私は全話観ている。これは別にシン・ウルトラマンのためではなく、今年の初めに「無性にウルトラマンが観たい!」と急に思い立ち、円谷プロのサブスクに加入したのだ。最初は、お気に入りのウルトラマンレオだけ観るつもりだったが、せっかくだから最初から観よう、ということで初代から観ていくことにした。初代ウルトラマンは、小学校時代の夏休みによく再放送していたので観てはいたものの、全部は観ていなかったので良い感じに話の補完ができた。

というわけで感想。おもいっきり話の内容を書くので、ネタバレが嫌な人は見ない方がいい。

 

 

まず、最初の1分で心をワシっと掴まれた。オープニングで「シン・ゴジラ」のタイトルが表示され、その後にパーンと赤バックの「シン・ウルトラマン」のタイトル。これはシン・ゴジラと同じ世界観を引き継いでいるというメッセージが込められていると同時に、初代ウルトラマンのオマージュにもなっている。初代ウルトラマンの場合は、「ウルトラQ」から「ウルトラマン」へとクレジットが変わる。つまり、シン・ゴジラの位置付けが、ウルトラマンにとってのウルトラQになるわけだ。ウルトラマンは、ウルトラQよりも、「ヒーローvs怪獣」といった子供向けの分かりやすいコンセプトで作られたものなので、シン・ウルトラマンが小学生にも好評だという話を聞くと頷ける話である。

全体を通して思ったのが、『すごく話のテンポが速い』ということだ。これはおそらく、怪獣・外星人とのシーンをできるだけ詰め込みたかったんだと思う。テンポが早いことで登場人物の心情が読み取りにくい部分があったものの、シン・ウルトラマンを観る人が一番期待するのはそこなので、自分的には特に気にならなかった。ある程度のツッコミどころがあっても許されるのがウルトラマンだと思っている。

ツッコミどころといえば、長澤まさみ演じる浅見弘子のシーンが印象的だった。まず、巨大浅見弘子のシーンだ。メフィラス星人によって巨大化&洗脳された浅見弘子が街を闊歩し、ビルを破壊するシーンがある。これは初代ウルトラマンでも同様のシーンがあるので、ザラブ星人からメフィラス星人の流れで「もしかしたら巨大化するのでは?」と思った人も多いのではないだろうか。禍特対の本部から浅見が消えた時点で、私も「これは巨大化か?」と思った。

それにしても、身体のラインが出るスカートスーツで街を破壊するシーンは一部のフェチな人の心に突き刺さりそうだな、と思った。しかも、蹴り上げるシーンは結構パンツが見えるか見えないかギリギリのラインだったので、途中から特殊なAVを見せられているような気持ちにもなった。実際、一緒に見に行った妻が上映終了直後に発した一言目が「長澤まさみがエロかった」だった。
ちなみに、長澤まさみのシーンでは他にも、「なかなか風呂に入れてない状態の身体の匂いを嗅がれる」「気合を入れるために自分の尻を叩く」といったフェチ性の強いシーンがある。尻を叩くのは何か深い意味があるのかな?と思いながら観ていたが、自分の中では特に意味を見出せなかった。

怪獣、というか外星人ではメフィラス星人が良かった。山本耕史がハマり役で、胡散臭い感じが良く出ていた。人間の姿の状態でメフィラス星人ウルトラマンが居酒屋で話すシーンは非常に日本的で、四畳半のちゃぶ台でウルトラセブンと向かい合うメトロン星人を彷彿とさせた。会計のときの、「割り勘でいいか?ウルトラマン」というセリフは凄く印象的だった。あれは大分狙いにいったセリフだと思う。
ただ、メフィラス星人が本来の姿になったときの造形は個人的に微妙だった。これはメフィラス星人に限らないが、メタリックでスタイリッシュな怪獣のフォルムは、カッコいい半面、特撮の着ぐるみから滲み出る味のようなものが失われてるような気がした。ただ、全部が全部イマイチだったわけでなく、最後の使徒みたいな超巨大ゼットンは、そのスタイリッシュな造形ゆえの不気味さと悍ましさがあり、新しい解釈のゼットンとして良いなぁと思った。

その超巨大ゼットンを倒す流れは、少しだけ初代ウルトラマンの37話「小さな英雄」を想起させた。有岡大貴が演じる滝明久は、初代ウルトラマンでいうところのイデ隊員にあたる。37話の中でイデ隊員は、科学特捜隊の存在意義について考える。ウルトラマンさえいれば、科学特捜隊は必要ないのでは?と。そんなモヤモヤした状況で怪獣と対峙したイデ隊員は「ウルトラマンが今に来るさ...」と、積極的に戦いに参加しようとしない。そんな中、身を挺してイデ隊員を守って死んでいったピグモンの死を見て、自分の考えを改め、自身の開発した兵器で怪獣を倒すという流れだ。
シン・ウルトラマンでも、同じように滝明久が「ウルトラマンがなんとかしてくれますよ」と言い捨てて、自らの役割を放棄するシーンがある。その後、早見あかり演じる船縁由美に諭されて心を改め、なんとかゼットンを倒す手段を考えるのだ。
これはウルトラマン全体を通してのテーマでもあるような気がするが、「地球は人類自らの手で守らなくてはならない」というものが根幹にあり、今回のシン・ウルトラマンでもそれを最後に強く訴えかけていたように思う。

感想としてはこんなものだろうか。初見の妻も楽しめたようなので、深く考えずにエンタメ作品として観るぶんには十分楽しめると思う。

最後に、長澤まさみの脚がもっと観たい方は『都市伝説の女』がおススメだぞ。

今、人生のどの辺を歩いているのか

「今って将来なのかな」と、青臭いことを考えることがたまにある。

けっこう前のCMで、父親が娘に将来の夢を聞いて娘が答えた後に、続けて娘が「パパは将来、何になりたいの?」と聞き返すといった内容のものがあった。CMのテーマとしては、おそらく『年齢で勝手に将来を決めてはいけない』だとか、『大人になっても夢を追い続けよう』みたいなメッセージが含まれていたのだと思う。ただ、これはあくまでCMであって、それほど強い志を持たない私のようなタイプの人間は、ある程度の年齢で将来というものが決まると思っている。

仮に「人生で最後に就く仕事を決めた状態」を将来だと定義してみる。そうすると、特殊なケースを除いて、大体40歳くらいまでには将来に片足を突っ込むことになると思う。人生には「この仕事で一生食っていく」(又は「俺は死んでも働かない」)という踏ん切りをつけなくてはいけないタイミングが必ずどこかにあると思っていて、一般的な転職の限界年齢などを鑑みても、その最終ラインは40歳辺りだと思う。かの孔子も、40歳で人生に迷わなくなった的な発言を残しているので、40歳は人生においての大きなターニングポイントであることは間違いない。安達祐実も40歳だし(関係ない)。

私の場合、仕事の面で大きな変化が訪れることはもう無い気がしている。以前このブログにも書いたが、去年、脱サラしてフリーランスになった。今は某会社の専属みたいな感じで個人契約を結んで働いている。かれこれ2年ほど経つだろうか。ただ、この契約が終わったとしても、おそらく職種自体は定年まで変えずに、プログラマー寄りのシステムエンジニアとして続けていくと思う。「変えず」というか、「変えられず」といった方が正しいか。これは転職活動をしていた頃に悟ったのだが、自分が今までやってきたことを捨てて全く新しいことをやるのは、かなりのエネルギーを必要とする。魔法使いから僧侶にはなれても、魔法使いから剣士になるのは厳しいのだ。「え、今から初期パラメータでやり直すの?」ってなるし。

そんなことを考えると、もう今は自分にとっての将来なのかもしれない。ただ、その反面で、「またこの先どこかで人生の帰路に立たされるときが来るのかな」なんてことを頭の片隅でボンヤリ考えたりもする自分もいる。将来はあと2回変身を残している可能性もあるし、既に最終形態なのかもしれない。『もう将来なのかもしれない運転』を続けながら定年を迎えそうな気がしている。


余談。オーストラリアだかの研究チームによると、人間のDNAに刻まれた自然寿命というのは、本来38年程度らしい。今は医学の進歩とライフスタイルの向上により寿命は延びているが、たかだか100年ほど遡っただけでも平均寿命は40歳代まで下がるので、令和を生きる現代人は最大HPがだいぶ上がったといえる。神より与えられし初期パラメータが38だとしたら、40ってもう限界突破してるのね。

90年代に放送されていたお色気ドラマについて

最近、某所で90年代の懐かしドラマ映像集というものを見て海馬が刺激されたため、昔、深夜に放送されていたお色気ドラマについて少し書きたいと思う。

 

お色気ドラマとは

お色気ドラマというのは、要は女性のオッパイやパンツなどの露骨なお色気シーンが出てくるドラマのことで、ドリフやバカ殿など、ゴールデンタイムで普通に女性の裸を拝めた時代の産物である。『ボーイ・ミーツ・お色気ドラマ』といった具合に、当時の健全な青少年はどこかのタイミングで必ずこのドラマと偶然出会うことになる。今でもたまに性を扱ったドラマは放送されるが、完全に男向けのエロシーンが出てくるドラマはさすがに令和の地上波では無いと思う。

 

放送されていた枠について

自分がよく観ていたのは、テレビ朝日の土曜23:28から23:58の、いわゆる『ウイークエンドドラマ』と呼ばれる枠だった。当時のラインナップとしては、『しようよ♡』『しようよ2♡ 女教師ナズナの場合』『お天気お姉さん』『お天気お姉さん2 リョーコPuriPuri』などがあった。これより前にも、『HEN Vol.2 ちずるちゃんとあずみちゃん』など色々あったようだが、私が最初に観たのは、確か『しようよ♡』の第3話だった。深夜にテレビをザッピングしたらオッパイが視界に入ったので急いでチャンネルを戻したところ、何やらエロい雰囲気のドラマをやってるな、と思いそこから観るようになった。テレビにオッパイが映っていたら手をとめるのは男子中学生の性(サガ)なのである。

で、「このドラマは繰り返し何度も観たい」と思ったので、4話目からはビデオデッキ所持者の親父に頼んで録画してもらうことにした。こういうドラマを親に録画してもらうのは如何なものかと思われそうだが、当時からAVを4桁単位で所持しているような人だったので、頼むのにそこまで抵抗はなかった(うちが少し特殊な環境だったのもある)。ただ、第4話が録画されたビデオを最初に親父から手渡されたときに何か言われた気がする。

余談だが、当時、ドラマ『失楽園』の特番が放送されるということで、同級生で友人の須佐君から「うちだとちょっと録画できないので、録画をお願いしたい...!」と強く頼まれたことがある。そのときは、「いいよ」と二つ返事で引き受けて、それをそのまま右から左に受け流すように親父に録画を頼んだ。で、失楽園が録画されたビデオを須佐くんに渡すタイミングでそのことを伝えたところ、「えー!うぁあマジか...ええ...めっちゃ恥ずかしいんだけど...、次に会ったとき顔見れないわ...あー」と、ひどく悶え苦しんでいた。友達のお父さんにエロいドラマを録画してもらうのは想像以上に恥ずかしいことらしい。

ちなみに、どういう縁なのか、須佐君は自分が今住んでるところから歩いて数分の場所に住んでるので、たまに顔を合わせることがある。かれこれ5年ほど前に須佐君から「俺のPC、CDが焼けないので代わりに焼いてほしいんだけど...」と頼まれたときは、先ほどのことが頭をよぎった。

 

しようよ♡

男子中学生あるあるとして、エッチなお姉さんが醸し出すフェロモンに心が魅了されることを、女性に対する「好き」と勘違いすることがある。これに近い感覚で、この『しようよ♡』というドラマが好きだった。ただ、このドラマに関していうと、普通に内容も面白かったので、エロだけに魅かれたということではなかったと思う。次回予告を観て続きが気になる程度にはエロ以外の部分も好きだった。

主人公はグレチキ北原雅樹で、ヒロインは小嶺麗奈小嶺麗奈というと、『KAT-TUNの元メンバーと仲良く一緒に逮捕された人』という印象しかない人もいるだろうが、当時は絶賛売り出し中で、結構いろんなドラマに出ていた。金八先生にも生徒役で出ていたと思う。
前述の男子中学生あるあるではないが、このドラマに出てる女性キャストは基本的に好きで、ヒロインの小嶺麗奈はモチロンのこと、劇中では敵役として出演していた湯原麻利絵という無名のアイドルも結構お気に入りだった。当時は確か『めざましテレビ』のめざまし調査隊リポーターをやっていて、リポーターとして明るくふるまう姿と、ドラマの中の演技で見せる少し妖艶なキャラとのギャップに魅かれていた。ちなみに、敵役ではあったが、実はヒロインのことが好きという設定で、最終話近くで小嶺麗奈とキスをするシーンなどもあった。私は百合属性は持ってないのでそんなにだったけど、人によっては性癖の曲がり角になったのかもしれない。

『しようよ♡』が終わると、『しようよ2♡ 女教師ナズナの場合』という、続編っぽい感じのタイトルながらも、主題歌以外は全く別の作品が始まった。こちらは全4回で終了ということで、前作より内容が薄かったように思う。ただ、相変わらずエロシーンはあったのでチェックはしていた。ヒロインの城麻美は、テレ東の深夜バラエティ『ギルガメッシュないと』でお馴染みだったようだが、私は新潟県民でテレ東が映らない地域の人間だったので、全くお馴染んでなかった。次、生まれ変わるとしたら、テレ東が映る地域の人間に生まれ変わりたいと思っている。

『しようよ2♡』より後のドラマはもうほとんど惰性で観ていたが、最後の拠り所だったエロが無くなった『いとしの未来ちゃん』あたりからは、もう大分興味が薄れており、『オマタかおる』で完全にウィークエンドドラマ枠を観るのをやめてしまった。

 

星空シネマパラダイス

新潟ローカルの深夜番組で『星空シネマパラダイス』という番組があった。放送されていたのはウィークエンドドラマと同時期で、ウィークエンドドラマの放送終了後、情報番組を挟んで1時間ほど後に放送されていた。タイトルの通り、Vシネマを垂れ流すだけの番組だった。ただ、ここで放送されるVシネマのエロ率が割と高く、どこかのタイミングからか、ウィークエンドドラマよりこちらの番組を目当てで観ることが多くなった。聞きたくもないかもしれないが、この番組を観ているときに精通を経験したので、自分の中ですごく印象深い番組だったりする。ちなみに、そのとき放送されていたのは『ギルガメッシュな関係』というVシネマで、察しの良い方なら想像つくと思うが飯島愛が主演である。抜いたシーンは飯島愛ではない別の女優が出ていたシーンだったけど。

この番組を観るにあたって、一つ大きな問題があった。放送時間帯が深すぎるのである。あまりにも遅くまで起きてると家族から何か言われる年齢だったので、リアルタイムで観るのは厳しかった。そこで出てくるのが、ビデオ録画だ。前述の通り、基本的にウィークエンドドラマは親父に録画を頼んでいた。ここでポイントなのが、録画の方法がVHSの3倍録画でずっと最後まで回しっぱなしだったということだ。若い人はガン無視して話を進める。つまり、ウィークエンドドラマが終わってから5時間30分分の番組が撮れているのである。なので、最後の方まで早送りすれば星空シネマパラダイスまで辿り着くわけだ。

これにより、無事に番組が観れたのだが、まだ大きな問題があって、ウィークエンドドラマの録画が積み重なっていくと、5時間30分あったバッファ時間がどんどん減っていくのだ。ウニの木箱に入ったウニが少なくなってきたら、新しい木箱に取り替えてくれる粋な寿司屋の大将みたいなことを親父がしてくれるわけもないので、最後の方は涙を飲んで観るのを諦めていた。残り時間が1時間とかなら完全に諦めもつくのだが、2時間弱のような残り時間だと中途半端にVシネマが撮れていたりするので、途中でテープが切れるチキンレースを味わいながら観ていた。しかも、そういうときに限って『エッチでハッピー!ピン!ピン!ピン!』みたいなエロいタイトルだったりするので、急にプツンとテープが終わったときの絶望感たるや凄まじかった。

このときに得た中学生ならではのエロ豆知識として、全く聞いたこともないような女優が出てるVシネマの方がエロく、逆にテレビで名前がある程度知れてる女優が出てるVシネマはそんなにエロくない率が高かった。なので、キャストに飯島直子の名前を見つけたりすると少しガッカリしていたのを覚えている。

 

と、思春期のお色気ドラマについてあーだこーだ色々と語ってきたが、今の若い人はスマホで手軽にこういうエロを摂取できるので、羨ましいなぁと思う。ただその反面で、私が経験したような絶望へのチキンレースのような体験をどこかで味わってほしいなぁとも思ったりする。

爆笑問題の太田さんと世間との溝について

最近、テレビやネットを観ていて爆笑問題の太田さんと世間との溝を意識することが増えてきたので、それについて自分が感じていることを少し書きたいと思う。ここでいう世間というのは、テレビの視聴者、特に爆笑問題のファンではない一般視聴者のことを指す。
記憶に新しいのは、TBSの選挙特番でMCを務めた太田さんが政治家に不遜な態度や失礼な発言をしたことによる炎上だが、これに関しては政治というある種のノイズ的な要素を含んでいることに加えて、普段バラエティを観ている視聴者層とまた違ったところからの火種が多いかと思うので、自分が感じている世間の溝とは少しピントがずれる。あくまで太田さんが純粋なバラエティ番組に出ているときに感じることである。

 

最初に、太田さんのテレビでのキャラクターについて少し振り返っていきたいと思う。以前の記事でも書いたように、私が爆笑問題を知ったのはボキャブラ天国だった。その頃の太田さんのイメージは、周りの芸人がワイワイ騒いでるときに、ボソッと一言芯を食ったワードを放って笑いをかっさらう、いわゆる天才型の芸人だった。これはあくまで私が感じていた印象だが、当時のお笑いファンのイメージもこれに近かったと思う。で、そのイメージは、爆笑問題ボキャブラを卒業してからもしばらく続く。爆笑問題自身の冠番組はもちろんのこと、日テレの番組対抗クイズ特番のような、タレントが大集合するタイプの番組にゲストとして出た際にも、確実に笑いを取ってスタジオを盛り上げていた。一言一言のボケに本当にキレがあった。「とりあえず、あいつにボールを投げれば必ず爆笑を取る」といった信頼が周囲からも感じられたし、太田さんが発言する際は、周りが聞き耳を立てるように一瞬「しん」と静まり返る空気すらあった。


自分の肌感覚では、『笑っていいとも!』の中期頃までこのイメージはあった。いいともは、番組が生放送ということで危うい雰囲気になることはあったものの、太田さんが植草教授(当時、女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとして逮捕された人)のモノマネをしようとして相方の田中さんやおすピーの二人から笑いながら必死で止められているときも、なんだかんだで周囲は面白がって盛り上がっていたし、ネットの声(主に2ch)も「太田もっとやれ!」という歓迎ムードが漂っていたように思う。ただ、「生放送で予定調和なことをやらない人」という危険なイメージがついたのもこの頃だった。当時はそれが良い方向に転がっていた。

 

生放送で思い出すのは、TBSのオールスター感謝際だ。90年代後期の出演では、太田さんが赤坂ミニマラソンで『デヴィ夫人』のゼッケンをつけて会場を沸かせていた。これにはテレビの前で観ていた私も腹を抱えて笑っていた記憶がある。ちなみに蛇足だが、この記憶を引っ張り出すと、必ずセットで瀬戸カトリーヌが号泣してた場面が思い浮かぶ。閑話休題。で、その2年後の感謝祭。同じく赤坂ミニマラソンに出場した太田さんが、あろうことか、特別ゲストとして参加していた競歩の選手に体当たりして走行を何度も妨害したのである。当時、これを私は実家で親父と観ていたのだが、爆笑問題ファンの親父ですら「何やってんだ」と少し語気を強めにして怒っていた。私もさすがにこれは弁護できなかった。この件に関しては、もう覚えてる人も少ないだろうが、当時はそれなりに話題になり、ネット上でも批判されていた。この頃から、太田さんのテレビでの位置付けは、センスの人から『ヤバい人』へと変わっていったように思う。

 

今もおそらく世間では『ヤバい人』、または生放送で何をしでかすかわからない『危険な人』『空気の読めない人』というイメージが太田さんにはつきまとっているのではないだろうか。まぁ実際そうなのだけど。
これはあくまで爆笑問題のラジオを長年聴いている私の一意見だが、太田さんの性格自体は昔からさほど変わっていないと思っている。勿論その時その時の本人の感情の波はあれど、「自分の言いたいことを言う」という我を貫く姿勢は昔から一貫している。ただ、最近は言いたいことを言う範囲が視聴者の許容範囲を逸脱し始めてるように感じる。一例を挙げると、フワちゃんに対して「磯山!」と言うノリだ。これは『高田文夫ラジオビバリー昼ズ』で、磯山さやかのするフワちゃんのモノマネが似てるということを受けてのノリだが、勿論これは大半の視聴者に伝わらない。というか、当初はフワちゃんすら知らなかったらしい。ラジオリスナー的には、「何やってんだよw」といった感じで笑える部分もあるだろうが、正直これはちょっと悪ノリが過ぎるかなとも思う。

 

最近の太田さんは、「自分のホーム以外の場所で悪ノリしてスベる」場面がよく見受けられる。数年前の27時間テレビで、ピエロの格好をして騒いだ挙句、吉本芸人から村八分にされて滑り倒した場面は今も思い出すだけでツラい。しかし、逆にいうと、自分のホーム、例えば自身のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』や、仲の良い芸人仲間に囲まれた『検索ちゃん』などではそういう場面は一切見られない。仮に太田さんが危険な発言をしても誰かしら突っ込んでくれる環境だからだ。
前述の『笑っていいとも!』もそうだが、あの場所も周りが太田さんに対して理解があり、周りが突っ込んでくれる環境だった。それに加え、タモリさんやおすピーなど年長者がいたため、太田さんも多少は自制していた部分があったと思う。今は逆に、番組のスタッフなども含めて太田さんが最年長になることも多いと思うので、止める人が周りにおらず発言が視聴者の許容範囲を超えてしまうのではないだろうか。

 

と、太田さんに対して批判とも捉えかねない意見も含めて色々と述べてきたが、なんだかんだ言っても私は太田さんが好きだ。好きが故に、今回の選挙特番の炎上などで「太田もうテレビに出るな」といった意見がツイッター上に溢れかえってるのを見るとすごく悲しくなる。ただ、その一方で「太田さんを不快に思う人もいるだろうな」と批判的な意見を発する人に対して一定の理解できる部分もあるので、こちらとしても心の折り合いをつけるのがタイヘン難しい。思わず「もー!なんでこんな面倒なヤツのこと好きになっちゃったのよ!」と恋する乙女のようなキモチになる。
で、とどのつまり、太田さんを止めてくれる人間が周りにいないとアカンという結論に帰着する。選挙特番について、太田さんがラジオで「田中が横にいても何も変わってなかった」と言っていたが、視聴者的には田中さんが横にいるのといないとでは安心感が天と地ほど違う。最終的に同じ道を辿って炎上していたにせよ、田中さんがいたらそれでも少しは見方は変わっていたと思う。
と、こんなことを言ってまた田中さんの評価が上がると、太田さんがまたラジオで文句を垂れるのだけれど、それを聴くのも楽しみだったりするので、もうリスナー的にも何を求めてるのかよく分からない。まぁ何にもしても、田中さんはずっと太田さんの横にいてください。

アニラジの話

つい先日、文化放送開局70周年記念ということで、『A&G超RADIO SHOW~アニスパ!~』が一夜限りの復活を遂げた。それを聴いて妙にノスタルジックな気分になったので、自分とアニラジの出会いなどを少し振り返ってみたいと思う。


アニラジとは

当たり前のように『アニラジ』という言葉を使っているが、そもそもこの言葉自体、既にオッサンしか使っていない死語と化している可能性が高い。一応、Wikiで意味を調べてみたところ、『アニメ関連のラジオまたはインターネットラジオの番組のジャンル、および主にアニメで活躍する声優がパーソナリティを務めるラジオまたはインターネットラジオの番組』と書かれていた。純粋に意味だけを読み取ると、令和の時代に使われても特に違和感がないように思えるが、自分の中にあるアニラジという言葉の響きが、90年代声優ブームの頃に創刊された『アニラジグランプリ』を強く連想させるため、どうしても90年代の残り香のようなものを感じてしまう。うっすら國府田マリ子の顔が浮かんでくるところまでがセットだ。
ただ、実際、この雑誌でアニラジという呼称が定着したらしいので、同じようなイメージを持ってる人は自分以外にも多いと思われる。

 

アニラジとの出会い

最初に聴いたアニラジは、確か國府田マリ子の『BANANA放送局ヤンラジグランプリ!!』だったと思う。アニラジ好きな人で國府田マリ子というと、文化放送の『ツインビーPARADISE』(以下、ツイパラ)を最初に思い浮かべる人が多いと思うが、私は微妙に世代が下のため、ツイパラが終わってから國府田マリ子の存在を知った。
で、BANANA放送局を聴くようになったのは、ラジオの選局ダイヤルを適当に回していたら何やら可愛い声が聞こえてきたので、甘い蜜に引き寄せられる蝶のようにそのまま聴くようになった。おそらく、当時の男子中高生とアニラジの邂逅は大体そんなパターンだったと思う。もちろん、このときは國府田マリ子が声優だということも知らなければ、本人の顔すら知らなかった。可愛い声のお姉さんがコチラに向けて優しく語りかけてくれるのを、ただドキドキしながら無心で聴くという、ある意味では一番正しい聴き方をしていた。自分がアニラジに癒しやドキドキを求めるのは、この原体験があったからかもしれない。
ちなみに、本人のお姿を初めて拝見したのは、当時の最新シングル『風がとまらない』のCDジャケットだった。番組内でも宣伝していたので、「これは買わねば!」ということで少ない小遣いの中から捻出してCDを購入した。蛇足情報として、当時モンスターファームにハマっていた同級生の江川くんに色々と自分の手持ちCDを貸したときに、「この國府田マリ子のCD、けっこう強かったわ」と言われたのをなぜか妙に覚えている。

 

このBANANA放送局という番組、もともとそういう契約だったのか知らないが、半年もしないうちに終了し、翌月に後番組として『オレたちやってま〜す』が始まった。こちらは有名なので、ラジオ好きなら普通に知ってる人も多いのではないだろうか。いわゆる、声優やお笑い芸人、ミュージシャンといった様々なジャンルの芸能人同士がトークをするラジオの先駆けになった番組だ。初期のパーソナリティーは、先の國府田マリ子に加え、TOKIO城島茂とL'Arc〜en〜Cielのtesuya(当時はtetsu)の3人だった。今考えても、どういう会議を経てこの組み合わせになったのか謎である。この番組は、BANANA放送局が終わった流れでそのまま聴いていたが、「アニラジを聴いてる」という感じはあまりしなかった。癒しやドキドキの要素も特になく、かといって突き抜けて面白いというわけでもなかったので(ひどい)、正直、この頃は惰性で聴いていた覚えがある。ただ、後に極楽とんぼがメンバーとして新たに加入してからは、番組自体がオモシロの方向に傾いてきたので、どちらかというとそちら目当てで聴いていた。

 

聴いてたアニラジあれこれ

國府田マリ子の番組をキッカケとして、アニラジという文化が少しずつ私の中に浸透していった。当時の自分のラジオタイムテーブルを振り返ってみると、平日はJUNK(当時はUP's)やオールナイトニッポンなどをはじめとした芸人ラジオを聴くことが多く、アニラジを聴くのは土日が多かった。といっても、平日の深夜ラジオゴールデンタイム(25時~27時)以外は、合間合間に全国のアニラジをつまみ食い的な感じで聴いていた。私が住んでいたのは新潟だったが、深夜であれば普通に大阪のラジオなども受信できたのである。もちろん雑音混じりではあったが、十分聴くに耐えうる音質だった。
最初のうちは、聴く番組が固定していなかったので、適当にチューニングしてそのときに流れていたアニラジを聴いていた。そのため、桑島法子の『CLUB db』や『國府田マリ子のGM』を同じ週に3回聴く、といった謎現象がたびたび発生していた。ネット局が多い番組に関しては、曜日と放送時間帯がバラけているので、合間時間のローテーションによっては遭遇する率が高いのである。

 

ある程度アニラジを聴くようになってくると、徐々にお気に入りのパーソナリティーも出てくる。当時は、マチリンの愛称でお馴染みの豊嶋真千子が好きだった。最近だと、ちびまる子ちゃんの二代目お姉ちゃん役が有名だろうか。すごく親しみやすく、いろんな人から愛されるキャラで、変に飾らないところも好きだった。本人がパーソナリティーを務めていた『豊嶋真千子Earthly Paradise』はもちろん聴いていたが、他番組ゲストに出た回、特に神谷浩史がグランドアシスタントを務めていた『VOICE OF WONDERLAND』は録音して繰り返し繰り返し聴いていた。ほぼ同期なのか知らないが、神谷浩史との掛け合いは凄く好きだった。個人的に、神谷浩史と一番相性が良い相手だと思っている。

 

声優ラジオのパーソナリティーというと、林原めぐみが有名だが、私はそこまでハマらなかった。以前、ラジオでの林原めぐみを評して妻が、「たまに腐女子黒歴史みたいなしゃべり方するじゃん」と言っていたのだが(個人的にツボだった)、ハマらなかった要因の一つとして、それも少しあるような気がする。ただ、それでも『林原めぐみのTokyo Boogie Night』などは、たまに聴いていた。「林原めぐみの声を聴くと安心する」という人がいるが、その気持ちは何となく分かる。久しぶりに聴くと実家に帰ってきたようなキモチになるのだ。番組初期に始まった『早口言葉の挑戦状』のコーナーなどは今でも続いており、こういう「変わらなさ」も、長く番組が続いている秘訣でもあり、魅力なのかもしれない。

 

ラジオ大阪で日曜の22時に放送されていた『宮村優子の直球で行こう!』(以下、直球)という番組は、好きで毎週必ず聴いていた。宮村優子といえば今でもエヴァのアスカ役として有名だが、この頃は本人のルックスも相まってアイドル的な人気を博していた。同時期に、テレ朝のナイナイの深夜番組にもゲストに出てたのを覚えている。今でこそ声優がバラエティに出るのは当たり前になったが、当時としてはかなり珍しかった。
で、そんな宮村優子岩田光央がメインパーソナリティーを務めるのが直球だ。内容的には、かなり下ネタが多めだった。というか、ほぼその印象しかないので、ホントに下ネタ満載の番組だったんだろうなと思う。以前、誰かがツイッターで、「これまでの声優ラジオは下ネタを大声で言うことが面白さのすべてだったけど、人間性そのものを面白くしたのは『アニスパ!』が初めて」ということをつぶやいていたのだが、これがまさにその通りで、昔のお笑い寄りのアニラジは、とにかく下ネタを言ってればいいみたいな風潮が少なからずあった。直球の流れで聴いていた『電撃大賞』も、これまた下ネタを下ネタで煮しめたような番組で、当時学生だった自分は楽しく聴いていたが、今になって思うと、あれは学生だったから楽しめていたんだろうなと思う。この頃の、「声優がワードの響きだけでキツい下ネタを言う」というあの独特の感じは、リアルタイムで聴いてないと分からない肌感覚だと思う。

 

私は下ネタに魅かれたというより、なんかワチャワチャやってる感じが好きだった。先ほど、アニラジには「癒しやドキドキを求めていた」と書いたが、それとは別のベクトルで「みんなでワイワイやってる楽しさ」みたいなものもアニラジには求めていて、これがこの直球には詰まっていたと思う。この直球が放送されていた枠というのは、ラジオ大阪 (OBC) におけるアニラジ番組枠の総称として『1314 V-STATION』(通称Vステ)と呼ばれており、夏と冬に『Vステ夏の陣・冬の陣』という特別番組が放送されたりもしていた。番組合同の企画だったり、生放送で外から中継するなど、このときのお祭り感が当時は大好きだった。
ちなみに、2014年に、宮村優子三重野瞳が2人で直球の特別版をニコニコ動画で放送したのだが、内容のローカル感と当時の思い出話とラジオ大阪の雰囲気も相まってなんとも味わい深かったのを覚えている。先日のアニスパのときも感じたが、アニラジの一夜限りの復活というのは、同窓会感が普通のラジオよりも強い気がする。


日曜の夜の迷子

前述の『電撃大賞』が放送終了するのは日曜日の25時半で、私が記憶してる限り、これ以降は月曜の朝までラジオ大阪の番組は放送休止だった。で、日曜も26時を回ると、いよいよ他の局でも聴く番組、というより放送してる番組がなくなってくる。今のように、タイムフリーで過去の未視聴放送を簡単に聴くこともできない時代だったので、学生にはリアルタイムで放送中の番組を聴くほかないのだ。「聴く番組がないなら寝ればいいじゃない」と思われるかもしれないが、日曜がまだまだ続いてほしいという気持ちと、「とにかく誰かの声を聞いていたい…」という寂しさを原動力として、雑音の中ひたすらダイヤルを回して放送している局を探すのである。さながら、雪山で遭難している登山者が、猛吹雪の中、「誰かー!」と助けを求めるように。こんなふうに書くと、何か心に問題を抱えていた学生と思われかねないが、別にそういう訳ではなく、これはこれで案外楽しかったりもした。意外と当時のラジオ好きあるあるだったと思いたい。


さやかの部屋で...

そんな日曜の夜に、誰かの声を探し求めるようにして見つけたのが『さやかの部屋で…』という番組だ。
日曜のド深夜、どこかの局で流れていたアメリカザリガニの番組が終わって27時を迎え、「全放送局の1週間の番組がマジで全て終わったかな?」と思いながらダイヤルをMBS放送に合わせたところ、聴こえてきたのがこの番組だった。最初、「あれ?こんな番組やってたっけ?」と思った。後になって知ったことだが、この番組は月に1回不定期でやっていたらしい。日曜の27時、しかも月1回不定期となると、そら見つけ出すのも困難のはずだ。RPGで、特定条件を満たさないと現れない宝箱をノーヒントで偶然手に入れたような感覚だった。
この番組、パーソナリティはインディーズ歌手でもあり、SMスナイパーで連載を持っているライターの「さやか」という女性だった。肩書だけ聞くと、サバサバ系のファッサマみたいな人を思い浮かべそうなものだが、これが凄くおしとやかな雰囲気で、可愛らしい声の女性だった。一言一言、独特のリズムで丁寧に言葉を紡ぎ、まるで催眠術にでもかけるかのような語り口で私の心に入りこんできた。
基本、『性』がテーマの番組で基本は男子禁制だったこともあり、当時まだ女性に免疫がなかった私は、とにかく夢中になって彼女の声に耳を傾けていた。女性しか入れない禁断の地に踏み入ってるような感覚だった。決して大袈裟ではなく、当時はこの番組を聴くためだけに生きてたといっても過言ではないくらい好きだった。
ちなみに、一回だけこの番組でメールが読まれたことがある(放送で読まれると思ってなかったので本名で)。「ジングルがベリーセクシーだったので、つい聞いてしまいました」という死ぬほど他愛ない内容だったが、このメールに反応してもらえたのが凄く嬉しかったので、この部分だけ切り取ってmp3化した音声がどこかのHDDに眠っているはずだ。で、なぜかジングル部分だけ今のPCに入っていたので、そこだけアップする(passは『1179』)。

https://dotup.org/uploda/dotup.org2586699.mp3.html

 

ちなみに、パーソナリティーの"さやか"だが、後に『XXX//x(クスクスクス』というMBS深夜の枠の月曜日を担当することになる。これを聞いた時は「やったー!」と飛び跳ねて喜んだのだが、なぜか最終的に聞かなくなってしまった。なんというか、月に1回1時間というのがレア感も含めて丁度よかったようで、毎週2時間も性(シモ)だとさすがにちょっとキツかった。過剰供給の問題点をこのとき悟った。

 

 

と、最後の方はアニラジ関係なくなってしまったが、アニラジを聴き始めの頃の話を少し書いてみた。もはや遠い昔の話である。
さてさて、ラジオおじいちゃんは『飯塚雅弓のまだまだ日曜日だよ!』でも聴きながら寝るとするかのう...(BGM: 飯塚雅弓『アクセル』)