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少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録

雑記

中学3年の夏。

夏休みも半ばに差し掛かった頃、クラスメイトの坪谷君から、家に電話がかかってきた。「暇だったら映画を観にいかない?」というお誘いだった。クーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら、甘勃起したチンチンをお腹にぺチンぺチンと弾く仕事で忙しかった私は、「暇ではないけど」と心の中で前置きした上で、何の映画を観に行くのか聞くと、「劇場版のアキハバラ電脳組」という答えが返ってきた。

当時の私は、坪谷君から定期的におススメのアニメを借りては観る、ということを繰り返しており、前述のアキハバラ電脳組も坪谷君から借りたうちの1本だった。いつも坪谷君は、アニメのビデオを怪しげな風呂敷に包んで鞄に忍ばせ、それをクラスメイトが見守る教室の中で私に手渡してくるので、事情を知らない女子生徒からは「あの包み・・何?」と訝しげな目で見られていたのをよく覚えている。
で、正直、アキハバラ電脳組はたいして好きではなかった(というより、ちゃんと観てなかった)のだが、子供向けではないアニメ映画を劇場で観たことがなかったので、どんな感じなのか興味があったのと、チンチンを弾く仕事もちょうど一段落ついたということもあり、「行く!」と2つ返事でOKし、共通の友人である鶴巻君も誘って3人で映画を観に行くことになった。このとき同時上映だったのが、『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』である。

なぜこんな話をするかというと、先日、妻(少女革命ウテナ好き)が「結婚式でウテナの曲を使いたい!」と言ったことがキッカケで、何となく「ウテナを観返したい」みたいな流れになった。で、その数日後に妻が劇場版のウテナTSUTAYAから借りてきたので(テレビ版も含めて)、せっかくだから、二人で一緒に観よう、ということになり、今回、十数年ぶりに劇場版のウテナを観たのである。

(参考までに、Wikipediaに書かれている、『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』のあらすじを、以下に記す)
全寮制の名門学校・鳳学園に転校してきた天上ウテナは、「薔薇の花嫁」と呼ばれる謎の美少女・姫宮アンシーに出会い、生徒達との決闘ゲームに巻き込まれる。ウテナは徐々にアンシーと親しくなるが、その中でアンシーに隠された秘密を知り、彼女を連れて「外の世界」への脱出を試みようとする。

中学3年の私がどういう感想を持ったのか一生懸命思い出してみたのだが、残念なことに、思い出せるのは「全くわけが分からない」の一点のみだった。このときは、「テレビ版を観てないから設定とか全く知らないし、仕方ないよなぁ」という理屈で自分を無理やり納得させたような気がする(まぁ、実際問題、テレビ版と設定も若干違うので、テレビ版を観ていたら理解できるかというと、そうでもない)。ネタバレになるので、詳しい内容については省くが、「外の世界」への脱出を試みようとする部分の描写は、中学生の私の脳の理解力を遥かに上回るわけの分からなさだった。ただ、お目当てだったアキハバラ電脳組よりは記憶に残っているので、それなりには面白かったのだと思われる。

で、2015年の今、改めて観たところ、「全くわけが分からない」という感想だった。ただ、中学の頃と違うのは、その「わけの分からなさ」加減が心地良いというか、言葉で伝わらない黙示的な何かを、アバンギャルドな表現を用いることによって極めて感覚的に伝えようとしているんだな、ということを理解した上で、それが楽しめるレベルまで消化することができた(ような気がする)ことである。まぁ、この監督の作品を後に観ているので(『輪るピングドラム』などなど)、どういう作風の人か知ったというのも大きいのだろうけど、「もう1回ぐらい観てもいいかな」と思えるぐらいには面白かった。

この映画を観る前に「ミッチー(及川光博)の声だけ浮いてるんだよね」という話を聞いて、及川光博がゲスト声優として出演していた事実を、このとき初めて知った。エンディングテーマに及川光博の曲が使われていたことも同時に知った。言われてみると、確かに何かひっかかる声の持ち主が出ていたような記憶がボンヤリとあったのだが、記憶の糸を辿ると、私はその声優のことを勝手に中尾隆聖だと思い込んでいたらしい。この辺りの、ちょっとした記憶違いというか、空脳感が面白かった。自分が中高生の頃に観た、中途半端に記憶に残ってる映画を観返すのは、色んな記憶の扉を開ける鍵になるのかもしれない。

あと、もう一つ感想として、ウテナでは奥井雅美の曲がいくつか使われているのだが、奥井雅美の『音楽をアニメの世界観に合わせる力』のすごさを改めて感じた。『輪舞 -revolution』など、曲自体はアニソンとして前々からよく知っているのだが、映像と合わさると、ウテナの世界観とマッチするなぁ、と。私は専門家ではないので、難しいことはよく分からないが、歌詞ではなくメロディを世界観に合わせる技術は、本当に職人芸の領域だと思う。ウテナもそうだが、アニメ『PandoraHearts』のエンディングテーマ(これは提供曲だけど)を聴いたときにも同じようなことを感じたのを思い出した。


最後に余談。

この1年後に、同じ面子で『ブギーポップは笑わない』の実写映画を観に行ったのだが、観に行った事実だけ覚えていて、そのときの記憶が全くと言っていいほど無い。いや、もしかしたら、実写化なんてされていないのかもしれない。きっとそうだ。